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女性の心を鋭くとらえる短篇集『不機嫌な女たち』

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女性の心を鋭くとらえる短篇集『不機嫌な女たち』

 現代において古典文学と称される作品も、それらが発表された当時はエンターテインメントとして認識されていたであろうことは、常に心に留めておきたいと思う。であれば、我々もかまえることなくエンタメ作品を読むのと同じ気持ちで名作の数々に触れたらいい。裕福な家庭に育った19世紀生まれのキャサリン・マンスフィールドと昭和の貧乏人の娘である私に共通点なんてたぶんないけど、なんのそのだ。

 著者のマンスフィールドはニュージーランド出身で、20世紀を代表する短編作家として知られる。父親や社会が押し付ける旧弊な女性観は彼女にとって息苦しさに満ちたものであり、反抗的な態度でもって応じていたようだ。婚約者がいながら別の男の子どもを身ごもったこともあるとのこと(この時代、結婚の約束をした相手であっても婚前交渉は御法度だろう)。本書にも収録されているかなり性的な方面へ踏み込んだ作品群などは、こうした大胆さの表れかもしれない。当時の読者たちも胸をドキドキさせながら読んだことだろう。例えばドストエフスキーのように長大な重苦しい作品であっても娯楽の少ない時代には貴重だったであろうから、マンスフィールドのように結末まですぐに読めてキレのある作品なら(セクシャルさを抜きにしても)熱狂的に読まれていたのではないだろうか。

 本書を読んで、昔は階級というものがこんなにも歴然と存在していたことと、社会状況や生活環境が異なっていても人間の感情にはそう大差なさそうということを、改めて思い知らされた。例えば裕福な家庭の女主人と、使用人や貧困層の人間とではすべてが違っていることが、辛辣なまでに描写されている。服装、暮らし向き、交友関係、何もかもだ。一方で、人の心にははっとするほど似通った部分がある。嫉妬、傲慢、脅え、これまた何もかもだ。

 個人的に最も心に残った短編は「一杯のお茶」。この作品には上にあげたような要素がすべて詰まっている。主人公のローズマリー・フェルは大金持ちの夫を持つ若き妻。ふたりの間にはかわいい息子がおり、絵に描いたように幸せな夫婦だ。そのうえ、フェル夫妻は裕福だった。「文字どおり豊かで、余裕があり、快適な暮らしが成り立つレベルをはるかに超えて」いるほど。ある日、ローズマリーは街で黒い髪のやせた若い女と出会う。その女は貧しく、お茶を飲むための1シリングをローズマリーに乞うたのだ。ローズマリーは衝動的に彼女を自宅に連れ帰る。本や舞台でよく見るような施しを彼女にしたらどうなるだろうとわくわくしながら。しかし、彼女を見た夫・フィリップの思いも寄らぬひと言がローズマリーに衝撃を与えたのだった…。”与える者”と”与えられる者”の間にはこれほどまでにあからさまな立場の差があったことにも(まあ、今でもあるところにはあるのだろうが)、夫や同性への感情というものは昔も今もまったく変わらないことにも、ただ驚くばかりである。

 ところで『不機嫌な女たち』という題名通り、ほとんどの短編において女性が主人公に据えられているのだが(男性が主人公の場合も女性の存在が大きな影響を与えている)、最後の短編『蠅』も際立つ残酷さが印象的である。しかし、少なくとも本書においては男の残酷さの方が(男性全般をひとくくりにするのも乱暴であることは承知で)、直球というか単純で理解しやすいような気がした。一方、女心は複雑のひと言に尽きる。女性の心情の込み入り具合をここまで的確にとらえる著者もまた、女子としてのレベルの高さは相当なものだろう(たぶん、マンスフィールドを100としたら、私は7くらい)。いずれにしても著者に対しては、作家というのはよく人間というものを見ているものだなと感心せざるを得ない。

 その時代の人々を細やかに描写することが、普遍的な人間像を描くことにつながる。そういった優れた文学が読み継がれてきた結果、古典や名作と呼ばれるようになったのだろう。あまた存在した中から現代の我々の手に届いた作品の数々を、もっと大切に読むべきではないだろうかと反省させられた。ちょっと長めのショートショートといった趣のあるマンスフィールド作品は特に、古典に触れるきっかけとして手に取りやすいと思う。皮肉なオチに、してやられましょうよ!

(松井ゆかり)

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