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卵巣が腫れ上がり、腹水まで…卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の歩けないほどの激痛

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私は生理不順、多嚢胞性卵巣症候群のため妊娠しづらい体でした。

一人目をタイミング法で授かって以来5年、不妊治療を続けましたが一度の流産の後、妊娠する気配がありませんでした。

そこで、私の年齢や今後のキャリア、夫の転勤などを控え焦りもあり体外受精に踏み切りました。 関連記事:ママになりたい…その一心で手繰り寄せた運命。子宮外妊娠の手術後、体外受精へ

多嚢胞性卵巣症候群ということもあり未熟な卵がたくさん卵巣にできやすく、採卵のための排卵誘発剤は慎重に投与されました。それでも直前のエコーでは50個以上の卵が両卵巣で確認できてしまう状況でした。

それだけ卵が出来るなんて良いじゃないか、と思われがちですが1個1個の質は低いことが多く、けして良い状態ではない上、卵巣は今にも破裂しそうで気が気ではありませんでした。

初めての採卵は、麻酔もあり痛みはそう感じませんでした。

一人目の出産や流産の処置に比べるとあっけなく終わりました。

辛かったのは採卵の翌日から。

体が重いな、と思いながら子供を幼稚園に送り出しました。だんだん下腹の痛みが強くなり体を真っ直ぐにできず腰の曲がったおばあさんのようにヨロヨロ歩くしかできなくなりました。

ひたすらベッドで耐え、子のお迎えだけ気力を振り絞り、子にはテレビを見せ続けながらベッドで休みました。

翌日も状況は変わらず、お腹が妊娠5ヵ月くらいの頃のように膨らんできました。

受精卵の経過を聞くため病院に電話する必要があったので、ついでに今の状況を説明すると今すぐ病院に来てくれとのこと。

バスや電車に乗る気力もなくタクシーを捕まえて病院に向かいました。

病院まで2000円くらいの距離だったのですが、体調が悪い客を早く降ろしたかったのか、病院の100メートル手前くらいで「ここで降りて」と言われ、反論する気力もありませんでした。

健康な時なら何でもない距離なのですが、これが今でも忘れられないくらい辛かったです。

腰を折り曲げて牛のようにノロノロと病院まで向かいました。

病院に着くと目があった受付の方がすぐ飛んできて、ベッドにどうぞ、と案内されました。よっぽど死にそうな顔してたのでしょうね。

エコーで見た卵巣は、いつもの画面に収まりきらない大きさに腫れ上がり、先生も絶句でした。

血液の数値も悪く、併設の産科病棟に即入院となりました。

病室まで車椅子で運んでもらったのですが、段差の振動や車椅子のわずかな揺れでも激痛が走るので、本当はそろりそろり自分で歩くほうが楽だな、と思いました。

治療は、腹水に水分が奪われることによって血液が濃縮し血栓症(死につながる恐ろしい病気)が起こりやすくなっているので、点滴でひたすら水分を補充することでした。別の点滴もあり両手に点滴をぶら下げて生活することになりました。

この水分補給の点滴のスピードが凄まじく、すぐ無くなるので、しょっちゅう看護師さんを呼んで交換してもらっていました。

ほぼ寝たきりで1週間、腹水も卵巣も血液の数値も良くなり退院が決まりました。

入院してからは点滴がうっとおしいくらいで症状も日々軽くなっていき、産科病棟ということでご飯も美味しく雰囲気も明るく、割と楽しく過ごせました。

そうして得た受精卵は二ヶ月後に子宮に戻し、無事8ヶ月を迎えました。

受精卵のストックはありますし、二人で子供は十分と考えていますので、もう採卵をすることは一生ないでしょうが、貴重でつらい体験でした。 関連記事:振り返れば採卵2回・胚移植3回…あのときの胚盤胞がこんなにデカくなって(涙)by肉子

著者:匿名

一人目は5歳児、二人目妊娠中です。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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