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ロック・トリオの最高峰、ベック・ボガート&アピスの唯一のスタジオ録音盤『ベック・ボガート&アピス』

世にスーパーギタリストと呼ばれるプレーヤーはたくさんいるが、1973年の時点で世界最高峰のロックギタリストは間違いなくジェフ・ベックであった。ただ残念なことには、70年にはもっとも必要とされたスーパーギタリストも、73年には必要でなくなっていたのもまた事実なのである。この頃と言えば、あのエリック・クラプトンもアメリカへ渡り、歌を中心としたアメリカンテイストのサウンドを追求していたし、時代はイーグルスやドゥービーブラザーズに代表されるさわやかなロックへと移り変わっていた。そんな中で、ジェフ・ベックは熱いロックを続け、ベック・ボガート&アピスを結成、60年代のロックスタイルを引きずりながらも最高のテクニックとロックスピリットを持った文句なしのアルバムを完成させた。それが今回紹介する『ベック・ボガート&アピス』である。
『Beck, Bogert & Appice』(’73)/Beck, Bogert & Appic (okmusic UP's)

クラプトン、ベック、ペイジが在籍したヤードバーズ
前回紹介したスリー・ドッグ・ナイトを書いている時に、ふと思い出したのがベック・ボガート&アピス(以下BB&A)で、なぜかと言うとスリー・ドッグ・ナイトのメンバーふたりが本作『BB&A』に参加していたからだ。スリー・ドッグ・ナイトのメンバーとジェフ・ベックの関係は残念ながら分からない(たまたまスタジオに遊びに来たとか、その程度の気がする…)が、このアルバムは僕がリリース当時に大きな衝撃を受けたアルバムでもあったから、今回取り上げることにした次第。
クラプトンやジミー・ペイジと肩を並べるギタリストとして知られるジェフ・ベック。はっきり言って、テクニックではジェフ・ベックのほうが一枚も二枚も上手である。彼ら3人は同じグループ(ヤードバーズ)に在籍していたことで知られ、リードギタリストとして活躍した期間はクラプトン→ベック→ペイジの順となる。ヤードバーズでは特にベックがいた頃のアルバム『ヤードバーズ』(‘66)は傑作で、ここではブルースベースではない純粋なロックギターをベックは弾いている。はるか後に登場してくるヘヴィメタル的なフレーズや各種トリッキーな奏法は、ヤードバーズ時代のベックが既に確立しつつあったのだからすごいのだ。
ロックにおけるリードギターのルーツは、ブルースとカントリーの両方を混ぜ合わせ、若干ジャズのフレイバーを加味したものである。特にシカゴブルースの影響は大きく、当時のクラプトンやペイジのギターはブルースのコピーからスタートしていることが分かる。ところが、ベックのギターはブルース臭があまりなくカントリーっぽさも感じられない、まさに純粋にロックのギターを若い時から弾いているのだ。それがはっきりと感じられるのが、ヤードバーズを脱退し第1期ジェフ・ベック・グループを結成してからだ。

第1期ジェフ・ベック・グループの『トゥルース』と『ベック・オラ』
ヤードバーズを脱退したベックは『トゥルース』(‘68)をリリース、その当時のロック少年を狂喜させた。実は、このアルバムを僕もリアルタイムで聴いたわけでなく、カッコ良いギターソロのレコードを探していた頃に出会ったのであった。それは中学に入ってからなので、リリースから2〜3年は経っていただろう。しかし、そのロック的なギタープレイと卓越したテクニックには子供ながらも感動した。グループとしてロッド・スチュワートやロン・ウッドを従えたこのアルバムは、出来も素晴らしい。
『トゥルース』の次にリリースしたのが『ベック・オラ(原題:Cosa Nostora Beck-Ola)』(’69)。これも名作で、この頃ベックと仲の良かったレッド・ツェッペリンのメンバーたちはベックの初期のセッションに立ち会い、ツェッペリンのイメージを作り上げたと言われている。各種エフェクターを駆使するなど、すでに他のロックギタリストの手本になるギタープレイを見せている。この頃のベックの飛び抜けたテクニックと対等に渡り合えるのは、ロックでは他にジミ・ヘンドリックスぐらいしか思い付かない。

第2期ジェフ・ベック・グループ
この頃、ベックのお気に入りのグループがヴァニラ・ファッジで、このグループのメンバーのベースのティム・ボガートとドラムのカーマイン・アピスが大のお気に入りだったらしい。しばらくしてからベックとは親友でレッド・ツェッペリンのドラマー、ジョン・ボーナムの口利きで彼らとのバンド結成の話が持ち上がるのだが、ベックは交通事故により長期の入院を余儀なくされ、残念ながらこの話はボツになってしまう。
ヴァニラ・ファッジを抜けたボガートとアピスは入院中のベックをあてにはできず、カクタスを結成する。ベックは1年半以上のブランクのあと、第2期ジェフ・ベック・グループを立ち上げ、それぞれ別の道を進むことになる。第2期ジェフ・ベック・グループでは、ファンクやソウルの要素も加味しアメリカ寄りのスタイルを見せていて、『ラフ・アンド・レディ』(‘71)、『ジェフ・ベック・グループ』(’72)という2枚のアルバムをリリースした。どちらも黒っぽさを前面に押し出しながらも、ベックのロックスピリットもしっかり感じさせ、ますますギタープレイは冴えまくっている。今から思えば、後のクロスオーバー的な傑作『ブロウ・バイ・ブロウ』(’75)や『ワイアード』(‘76)は、この頃からのアイデアではないかと思う。当時は分からなかったけど、かなりセンスの良いロックに仕上がっている。ちなみにこの2枚、どちらも名作である。

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