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ぼくが生きた時代、私が死んだ理由

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ぼくが生きた時代、私が死んだ理由

 シカゴ郊外。両側から森が迫る、細く、舗装されていない道路の先に、その墓地はあった。十代の子どもばかりが眠る〈ホワイト墓地〉。錬鉄製の高い柵で囲まれているが、ところどころ櫛の歯が欠けたようになっており、門は長い年月を経てたわみ、開きっぱなしになっている。参るひとも途絶えているのだろう。そこかしこに雑草が生えている。

 うちすてられた場所。

 大人になる前に死に、忘れられたままになっている者たち。

 その少年少女が、それぞれの最期について語りだす。聞き手は、この墓地へ誘われた青年マイク・コワルスキだ。マイクは十六歳。葬られている者たちと変わらない。

 真夜中の墓地。生者はマイクただひとり。

 なんて魅力的な舞台設定、ぞくぞくする物語の枠組だろう! シンプルだけど、読者を引きつけてやまない。

 マイクがこの墓地に来たのは、クルマで帰宅する道すがら、キャロルアンと名乗る少女を拾ったおかげだ。こんな夜道に女の子を放ってはおけないではないか。しかし、彼女のいうがままに送り届けるが、その家に着いたとき助手席にいたはずの姿がない。履いていたサドルシューズだけが残されている。家から出てきた老女がすべて知っているようにつぶやく。「あの子の靴を返しにきたんでしょ?」

 キャロルアンは五十六年前のこの日に死んだ。それから毎年、こうやって誰かに靴を託してくる。マイクは老女に頼まれて、キャロルアンの靴を彼女が眠る〈ホワイト墓地〉へと持っていく。「キャロルアン 1941〜1966」と記された墓石のまわりには、五十五足のサドルシューズが散らばっていた。

 キャロルアンの声がいう。「みんなの声を聞いて」

 マイクはそれを拒めない。幽霊たちは、それぞれの物語を順々に語りはじめる。この作品の構成はきわめてシンプルだ。シンプルにして力強い。

「ジーナ 1945〜1964」。彼女は嘘つきだった。しかし、本人は嘘とは思っていない。あたしはただ頭に浮かんだ物語を口にしているだけ。友だちからは「あんたがいったことなんて何ひとつ信じない」といわれる。そんな毎日が変わったのは、アントニーが転校してきてからだ。彼はあたしよりも巧妙な嘘つきだった。

「ジョニー 1920〜1936」。彼は盗みの常習犯だった。自分ではロビン・フッド気取りだ。おれは金持ちから奪って貧乏人にやる。しかし、警官に目をつけられて、その仕事がやりにくくなってしまった。そこでおれは知恵を絞った。死んだやつからいただけばいい。この町には葬儀場がうなるほどある。死人が身につけている時計や指輪を盗ったって、本人はおまわりを呼んだりしない。

「スコット 1995〜2012」。彼はカメラ少年だった。高校最後の展覧会ではイカした企画で、みなの注目を集めたい。そこで考えついたのは、かつて精神病院だった廃墟へ忍びこみ、幽霊探険の写真を撮ることだ。もちろん、おれは超常現象なんて信じちゃいない。しかし、幽霊なんて出鱈目だと証明するために、いわくつきの心霊スポットにあえて挑戦してやろう。その精神病院はかなりヤバイ歴史があり、何度も新聞の見出しになっていた。たとえば「患者、風呂でかまゆで」「逃亡をくわだてた子ども、フェンスで串刺し」「首なし死体発見のため、院内美容院閉鎖」。

「デイヴィッド 1943〜1958」。彼にはトニーという妹がおり、その彼女がコミックブックの広告「驚きに満ちた人工生命の世界」につられて即席ペットを購入する。ぼくはそんなのはインチキだといったのだがトニーは聞かない。ギャラクティック・ウーズ玩具から届いたキットを開けると、なかには「即席ペットの卵」とか「おしゃれなペット用ごちそう」とか「即席おやつ」といったラベルがついた袋が入っていた。水で卵を戻すと、くねくねの触手の生えたゼリーが二匹出てくる。

「エヴリン 1877〜1893」。彼女は双子のうちの妹だった。姉のブランチは助産婦がこんな美しい赤ちゃんは見たことがないというほど、美貌をもって生まれた。それに引きかえ、わたしはみすぼらしく、ふたりの違いは成長するにつれて顕著になるばかり。姉はみんながいるところでは天使のようにふるまうが、ふたりのときは意地悪をいって、わたしを傷つける。わたしはブランチを心から憎んだ。

 ……といった具合で、エピソードごとにかなり風合いが異なる。ゴシックホラー、ダークファンタジイ、サイコサスペンス、SFなど、過去の名作のリトールドという雰囲気があって楽しい。たとえば、デイヴィッドの物語は、ブラッドベリの「少年よ、大茸をつくれ!」に似た展開だ。

 上に紹介した以外では、「リリー 1982〜1999」が三つの願いを叶えてくれる猿の手が題材で、明らかにハーヴィ・ジェイコブズの有名作を本歌取りしている。また、「エドガー 1853〜1870」は「その壁紙は生きていた」という文章からはじまり、シャーロット・パーキンス・ギルマンの古典「黄色い壁紙」を彷彿とさせる。ただし、ギルマン作品は抑圧された人妻が精神を失調していくのに対し、こちらのエピソードは少年が主人公で、彼には生来の没入癖(積み木でもブリキの玩具でも、その対象に引きつけられて一体化してしまう)があった。通して読むと、むしろスタージョンの「熊人形」あたりに近い印象だ。

 墓地にいる者たちは生きた年代が異なり、生活環境もそれぞれだ。それぞれの物語は独立していて、互いになんの関係もない。しかし通して読むと、ちょっとしたシカゴの地誌をなしている。この都市が歴史のなかでどう変ってきたか、さまざまな風物が織りこまれていて各時代の空気が感じられる。それもこの作品の特長だ。

 さて、いずれのエピソードも、語り手は死ぬ運命にある。墓場で幽霊になった本人が語っているのでそれは最初からわかっていることだが、それでも読者の興味は減じることはない。むしろ、結末がわかっているからこそ、そこに至る経緯が気になる。彼ら彼女らは死ななければならなかったのだろうか? もちろん、なかには罪を犯している者もいる。危険だとわかっている領域へ自分から踏みこんだ者もいる。妬心や不注意など、身から出たサビという場合もある。逆にまったく不運な事故、あるいは巻きこまれるように死んだ者もいる。事情がどうあれ、死んだあとはみな寂しく、この墓地にとどまるばかりだ。

 彼らは死んでいて、その物語を聞いているマイクは生きている。自分が生きているのはなにかの権利でもなく特別な事情があるわけでもなく、たまたま死なずにすんでいるだけだろう。マイクは死者に同情や共感することもないが、しかし話しつづける彼らに背中を向けることもできない。そうやって夜が更けていく。

(牧眞司)

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