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藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#40 京都散歩

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 歩くという単純な動作の繰り返しは、自身を瞑想状態へと誘導しやすい。座っての瞑想は、動かないので代謝が落ちる。代謝を上げて全体のバランスを取るためには、運動も必要となる。ヨガやジョギングなどを瞑想と併用するのには、こうした理由がある。仙人は霞を食べて生きると伝えられているが、実際ヒマラヤのある修行僧は日に数粒の木の実だけで生きていると聞く。座っていることの多い瞑想三昧の生活では消費熱量も少ないので、あり得る話である。いつか木の実数粒の生活をしてみたいものだ。だが、僕は都市生活者である。そして写真家という肉体労働者でもある。あちらこちらとうろつき回り、人や出来事と向かい合い、異なる環境に日々晒される身である。木の実数粒では、熱量の帳尻がどうしても合わないのだが。一時は、「少食」から「不食」への移行も夢見たものだが、自分の心身の多動性とはどうも反りが合わないことに気づいて諦めた。「不食」というのは、字の如く食べないことだ。真偽のほどはこの目で確かめていないのだが、どうやらそういう人がいるらしいのだ。ただ存在して、日光さえあれば、水も食物も要らないという人が。まあ、これはさておき、運動や脳の活動によって消費される熱量分は外から摂取するという足し引きは、この先もずっと付きまとうことになる。回りくどくなったが、代謝が低くなったら高めてバランスを取ることは、割と単純な理屈なのだ。

 ということで、瞑想をするならば運動もしなくては、という話に戻るのだが、「散歩」というのは、実に瞑想と運動を両立できる完璧なセルフヒーリングメソッドでもある。気をつけて歩いてみると分かるのだが、歩くというのは、下半身のみの運動ではない。歩行と連動する手の振り、バランスを取ろうとする腹筋、背筋、脊柱。その他の各部も何かしら作動していて、休んでいない。歩行というのは、各機能を正常に保つための基本姿勢による運動だと察する。生態学については明るくないので、このくらいの推察までにとどめるが、人類は二足歩行へとその進化を遂げたゆえに、各部各機能が、それに最適化されている。なので、正しく歩くことは、正しい健康状態を連れてくると僕は信じている。

 その素晴らしき歩行と瞑想がくっついたら、心身ともに素晴らしく調整されるのではないだろうか。散歩の時に良いアイデアがわいたり、思いもよらない深い洞察に至ったり、怒っていたのが優しい気持ちへとスッキリしたりする経験を持っている人は多いと思う。だが、ただ、ただあくせく歩いているだけでは、そうはならない。ゆったりと背筋を伸ばし、胸を広げて心を開きながら歩くことが大切で、つまり瞑想をする時のメソッドを意識的にしろ、無意識的にしろ行った散歩中にそれは起こり易い。

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 だが、必要以上に難しく考えることはない。要は背筋を伸ばし肩の力を抜いてリラックスして歩幅もゆったりとして歩けばいい。意識は何かに集中するのがいい。自分の呼吸を観察したり、公園ならば木々や空気の香りでもいい。ゆったりと何かに心を預け、普段はいろんな場所へと拡散したままになっている心と意識を自分の中心に確かに結び、糸のついた凧を空に上げるように好きな何かへと預ける。そういう散歩は自分をとても癒してくれる。散歩というのは昔から詩人や哲学者、科学者、政治家、つまり考える人、感じる人たちに愛され続けてきたのだが、その理由は深遠な知識と意識の泉へと繋がっていることを彼らはよく知っていたからなのだろう。

 こういう例をあげた後では気恥ずかしいが、僕も散歩者の一人である。写真を撮ったりする実務もあるのだが、そのほとんどが瞑想と運動のためである。

 長年の散歩者でもある僕が最近気に入っているのが、京都散歩である。
 先日も、北野天満宮近くにある友人宅に数日寄宿して、朝暮の散歩をせっせと楽しんだ。天神さんという通称で親しまれている北野天満宮は菅原道眞様を祀っていることで有名だが、僕にとっては宇宙信仰の地として縁深く感じている。古来より各文明文化で天は崇められてきたが、僕は世界を世界として成立させ維持している大いなる力への畏怖が常にある。天神さんは朝の散歩にはうってつけの場所で、目覚めて間もない心身に、宇宙への意識をモーニングセットのように与えられるのは、贅沢の極みである。
 敷地の外れには京都の地における先住民とされる土蜘蛛が祀ってあるのも興味深い。歴史とは、先住民を征服した侵入者側の言い分が主であり、歴史の外には数多の角度からの正史があり、僕たちはついにそれらに出会うこと少なく、歴史歴史とのたまうのだ。
 さらに天神さんより少し北に散歩すると、花山天皇陵が住宅地に忽然と現れる。花山天皇はかなり破天荒な芸術家肌の方だったらしく、僕もその伝を熊野で知って以来、ファンである。その方の御陵がいきなり現れたのだから驚きを通り越して、さらなる強い縁さえ感じてしまった。

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 まあ、こんな類の話なら京都を歩けばゴロゴロ出てくるわけで、特にそういう事柄に興味がなくても、歩けば急に景色や雰囲気が変わったりする京都の町は、散歩の場所において筆頭格であることは間違いない。

 瞑想との類似性を散歩以上に語られることが多いのが登山であるが、本格的なことはさておき、京都にも山がたくさんある。身近なものを挙げれば、鞍馬山もその一つで、息を切らしながら足を上げて進めれば、余計なことなど脳裏から去り、ただ登ることだけに集中することになり、まさに瞑想状態に近づいていく。友人と別の友人の娘さんと一緒に先日登った時は、彼女をモデルに撮影しながら、てくてくと行った。

 まだ冷え冷えとした空気が山中に重く残っている中を、草木染めの赤いワンピース姿でいく彼女を撮影しつつ登り、また撮りつつ登り、を繰り返すのは、全体として瞑想であった。町であろうと、山であろうと、京都をそれなりの気構えで歩けば、そこは瞑想道に最もふさわしい土地のように思えた。
 瞑想に導くのは、目からの情報だけでない。幾重にもレイヤーされた京都の歴史、情念などから受けるもやもやっとした何かも意識をふっとこの場からずらしてくれ、それへの好奇心や心地よさ、妙な感じに導かれて、定まらぬ別世界へと注意がふらふらとしつつも定まる。このちょっとふわりとした感触も、一時我と我が時代を忘れさせてくれる。繁栄と衰退、都にはつきものの反復が生み出す陰影と揺れ、ぶれ。それらに煽られつつ歩く京都は何処を歩いても飽きることがなく、別の次元に集中させてくれる。

 繰り返しになるが、瞑想には最初の段階では何かへの集中が前提となる。それが自分の中でなく、外にあるものだとスムーズだ。そして座るだけでなく、代謝を高めるための運動を兼ね備える瞑想法としての散歩は、あえて瞑想の時間を作って取り組むよりは、日常化が容易だと言える。

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 全ての歩行を瞑想散歩とする。それが可能となれば、より心身の健康が保たれるだろう。折しも桜の開花宣言が東京でも出た。これから北上し、間も無く全国が桜色で染まるだろう。その色と香りに誘われ、酔い、夢心地になりながら、散歩をする。背筋を伸ばし、深い呼吸を繰り返し、肩の力を抜いて、彷徨えば、きっと散歩瞑想の何たるかが少しでも近くなると思う。
 それが京都ならば、なお素晴らしいだろう。歩き疲れたらそのままどこかの公園のベンチにでも腰掛けて、瞳を閉じて呼吸の音だけに耳を注意深く傾ける。あちらとこちらのどちらが夢の世界か分からなくなる。ちょうど荘子にあるように、蝶の夢を見ていたら、蝶の自分が本物で、人間となって蝶の夢を見ているのが夢の世界と差し替えられる感覚を持つように。
 断っておくが、瞑想とは幻想の世界を作って遊ぶことではない。それは逃避である。現実のストレスから顔を背ける口実である。瞑想とは、現実と心地よく向き合うために、自信を最良の状態へとチューニングしておく技術である。ストレスを和らげ除去し、日々新品となって、世界へと踏み出す一歩を後押ししてくれるのだ。
 座るだけでなく、歩くことを瞑想とし、それによって心身の健康を維持すること。僕は常々これからは、セルフヒーリングだと思っている。それは長所短所を持つ医療に自分の未来を投げ与えてしまうのではなく、それらとうまく付き合い活かすためにベース作りとしての健康面からの理由だけでない。
 それは世の中には健康維持を目的としたメソッドが数多くあることを通して、世界の多様性を知り、それを吸収できる自分の柔らかさを作り、その柔らかさはやがて世界を柔らかい場所へと変革していく大きな一粒となる。そういった意識の広がりへの可能性も秘めている。
 歩くこと。そこから思い出される体と心に残り続ける太古の言葉にならない記憶を感じ取ること。その感覚への集中による瞑想状態。
僕は京都散歩を楽しみながら、そんなことを伝えたいと考えた。
 碁盤目に広がった京都の町には、道に立ち、その先を見つめれば現れる消失点がいくらでもある。僕はその消失点に向かって歩き出す。深くゆったりと呼吸をとり、肩の力を抜いて歩き出す。一定のリズムと京都の重層的な空気に誘われて、別の世界が立ち上がる。
 さて、僕たちはどこから来たのだろう。どこへと向かうのだろう。歩き続ければ、全ての問いは間も無く消える。消えた瞬間にヒーリングが始まる。

※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#41」は2017年4月26日(水)アップ予定。

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