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ファッションデザイナー山本寛斎のテレビ局AD時代

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ファッションデザイナー山本寛斎のテレビ局AD時代
J-WAVEで放送中の番組「SEASONS」(ナビゲーター:マリエ)のワンコーナー「ESTEE LAUDER MAKE TOMORROW BEAUTIFUL」。3月18日(土)のオンエアは、日本を代表するデザイナー、プロデューサーの山本寛斎さんをお迎えしました。

寛斎さんは、1970年代から第一線で活躍され、デヴィッド・ボウイの衣装も手掛けていました。現在、天王洲の寺田倉庫G1ビルで開催中の「DAVID BOWIE is | デヴィッド・ボウイ大回顧展」にも寛斎さんは関わっていらっしゃいます。まずは、デヴィッド・ボウイとの出会いにまつわる話になりました。

山本:皆さんが見ているのは、50年以上前に生み出した服です。彼と出会ったときは、彼がロンドンからニューヨークに来て世界制覇をしようとしていた時期で、私も日本から世界へ出て行こうという野望があった頃だったんです。お互いに凄まじい化学変化をしたと言えると思います。
マリエ:始めはお手紙かをいただいたりしたんですか?
山本:私が初めて開いたショーがロンドンだったんです。そのときに、BBCで彼が私の活動を知ってくれてて。偶然にも私のそのショーをプロデュー スした高橋靖子さんに誘われてニューヨークに行って出会ったんです。

そんな寛斎さんが最初に作ったのは、ラウンド模様の服でした。実はある仕掛けがあるそうで…。

山本:あの服は、桃太郎の桃みたいに前後で割れるんです。割れたらその中から次の服が出てくるんで、皆さんは外だけ見ているんですよ。
マリエ:それって、衣装の殻を割るっていう感じですよね。
山本:私は全行動を通じて、”日本人”というのを意識しているんです。「ひじきと味噌汁」という家庭環境で育ちましたから、「世界に出るには、日本人になるしかないな」という頑なな日本の美意識派です。

と寛斎さん。続いて、寛斎さんがファッションに興味を持ったきっかけについてお聞きしたところ「女の子にモテたかったから!」という理由だったそうです。

山本:最初は、既製品を買っていたんですけど、同じ服が売られているのが嫌で、もっとアルバイトしようと思って、日本テレビのフロアADやってました。
マリエ:え!!
山本:ギャラが良かったんです。でも、廊下で迷子になるし、ディレクターから電話かかってきても田舎から出てきたばっかりで、話すスピードが早くてついていけなかったですね。

寛斎さんがADを務めていた番組には、堺正章さんも出演していたそうです。当時の堺さんについて寛斎さんは「まだ若かったし、すごくコンサバなアイビールックで、廊下ですれ違うと、サムライ同士が『お主デキるな』という感じでした」と振り返りました。

その後、ファッション誌で、賞を取ればファッションデザイナーになれることを知り、21歳のときに大学を退学。お針子からスタートしたそうで、「僕は、スカートもブラウスも縫えますよ(笑)」と寛斎さん。

そんな寛斎さんに、“明日を美しくするヒント”を伺いました。「輝いているときは綺麗に見えるんですよ。楽しい時間を過ごしたり、挑戦している時間があると、綺麗でハンサムに見えますよ。苦しいこともあるでしょうけど、一生懸命生きて行くというか。特に私なんか、日々を納得して生きないと、あっという間にあっち側に行っちゃいますよ(笑)」と、貴重な話をしていただきました。

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【番組情報】
番組名:「SEASONS」
放送日時:毎週土曜 12時―15時
オフィシャルサイト:http://www.j-wave.co.jp/original/seasons/

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