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「婦人科に行きなさい」と言い続けてくれた母に感謝! 妊娠は難しいと言われた私の妊活

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私はずっと生理不順で、高校生のときから母に連れられて産婦人科に通っていました。

母は『女の子なんだから生理は大切で、今は良くても将来のことを考えて絶対に通わないといけない』と、熱心に私に言ってくれていました。

その時の私は『生理がきたら面倒くさいし、別にこなくても何の問題もないし、お母さん何か言ってるわ?しゃあないなぁ』と言う気持ちでした。

軽い気持ちで病院に通っていたので、先生と合わなかったり、雰囲気がイマイチだったり…と病院を変えたりして、通っていた時と通っていなかった時があり、生理不順は全く改善されませんでした。

まだそのときは若かったので、軽い気持ちでいました。

別に赤ちゃんが欲しいと思わなかったし、生理不順がそんなに大変なことだと思っていなかったのです。

しかし、大学の4年生の時に出会った彼との出会いが、私の気持ちを一気に変えてくれました。

彼と付き合っていくうちに、結婚を意識するようになりました。

彼は子どもが大好きで、いつも甥っ子の面倒をみていました。私も一緒にドライブに行ったりと参加して、一緒に面倒をみるようになりました。

そんな彼の楽しそうな姿を見て、今まで考えた事もなかったのですが、いずれは彼との子どもが欲しい、じぶんの子どもが欲しい。という感情になっていきました。

今までは『まあ、出来ても出来なくてもいいや?』と思っていたので、この感情は今までの自分には考えられなかったです。 関連記事:結婚目前、初めてことの重大さに気づいた! 多嚢胞性卵巣症候群の私が妊娠するまで

大学を卒業してからは、どんどん彼との子どもが欲しい気持ちが高まってきました。

卒業してからは、産婦人科には諦めずに通うようになりました。

しかし、産婦人科の先生には『子宮が普通の人より小さくて、簡単には妊娠できない。少し妊娠は難しいと思います』と、言われてしまい、凄く落ち込みました。

このことは母親にしか話せず、彼には言えませんでした。

母親は『可能性は低くても出来るかもしれないのだから諦めずに頑張りなさい』と、何度も励ましてくれました。

しかし心の中では『自分はもう子どもが出来ないのかなぁ』と諦めかけていました。

大学を卒業して2年後にプロポーズをされました。

その前に、子どもが出来るかわからないと言う話をしていたのですが、彼はそれでもいいと言ってくれていました。頑張って産婦人科医には通ってね、とは言われましたが。

でも子どもは出来ても出来なくてもいいと言われたことで、ホッと安心。その言葉に助けられました。

そして大学を卒業して3年後に、彼と念願の結婚をしました。

2人とも働いていたので、毎日が忙しく慌ただしく過ぎていきました。

子どもの話に触れる機会もなかなかなく、『出来たらいいなー』言うことぐらいでした。

休みの日には甥っ子と遊んだりしていたので、子どもが本当に大好きななんだなぁと思って、悲しい気持ちになったこともありました。

子どもは出来ても出来なくてもいいと言われたのですが、応援されていると思うと、それがプレッシャーになり、落ち込んだことも1人で泣いたこともたくさんありました。

2015年の11月に結婚をしました。

結婚をしたので、産婦人科の先生と相談して2016年の1月から、不妊治療の前の段階のホルモンの薬を飲むようになりました。それで無理だったら4月からは本格的な不妊治療を進めていこうという話しをしていました。

不妊治療は精神的にも体力的にも金銭的にもとても大変だと聞いていたので、ちゃんと旦那と相談して、不妊治療に専念したいと伝えました。

旦那も、一緒に頑張ろう!と言ってくれて、不妊治療を始める前月の3月末で仕事を辞めて、治療に専念しようと決めました。

その間は規則正しい生活を送り、食事のバランスも考えて食べていました。

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