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元HKT48“ゆうこす”菅本裕子さん「逃げ続けた結果、好きなことを発信していこうと思った」 再ブレイクまでの葛藤

元HKT48“ゆうこす”菅本裕子さん「逃げ続けた結果、好きなことを発信していこうと思った」 再ブレイクまでの葛藤 アイキャッチ_“ゆうこす”菅本裕子さん “ゆうこす”菅本裕子さん取材_01

ネオぶりっ子ブームの生みの親ともいわれている、 “ゆうこす”こと菅本裕子さん。アイドルグループHKT48の第1期生メンバーとして芸能界デビュー後、1年ほどで脱退。その後、2016年にアイドルオーディション「ミスiD」で準グランプリを受賞して再デビューを果たしました。

脱退後、一時期は人前に出ることすらできなかったという彼女が、どのようにして再デビューまで至ったのでしょうか。つらい時期の葛藤や今後の進路の考え方などを伺いました。

 

勉強から逃げたくて入ったアイドルへの道

“ゆうこす”菅本裕子さん取材_02

――HKT48に入ろうと思ったのはなぜですか?

菅本裕子さん(以下、菅本):もともとアイドルは好きだったのですが、自分がなりたいとは思っていなかったんです。でも、偶然HKT48のメンバー募集を目にして。当時通っていた高校が進学校で、宿題がすごく多かったんです。勉強から逃げたい軽いノリから「アイドルになったら宿題やらずに済むかな(笑)」と友だちとエントリーしちゃいました。

――そこからメンバー入りしたのに、脱退されたのはどうしてですか?

菅本:周りの子たちは本気でアイドルを目指しているので、中途半端な自分が申し訳なく感じちゃったんですよね。ちょうど高校3年生で、周りも進路を考えている時期だったので、「私はどうなるんだろう」という不安もありました。

そこで自分なりに考えて、HKT48を脱退してお料理の専門学校に進もうって決めたんです。だけど、ありもしない脱退理由のウワサやデマが流れてしまって。地元にも居づらくて、逃げるように東京の専門学校へ進学しました。今なら、無視していれば風化するのにって思えるんですけどね。

 

再び芸能界に入るも、疑心暗鬼になりまた逃げるように実家へ

“ゆうこす”菅本裕子さん取材_03

――アイドルを辞めて、今後は料理の仕事をしていこうと考えていたのでしょうか?

菅本:具体的なことは考えてなくて、とりあえず芸能の仕事はもうしないとは思っていました。でも、芸能界の人から「料理本を出して文化人としてリスタートしよう」とスカウトされて、汚名返上というか、ウワサに対して「違う!」というのを伝えたいという気持ちがあったのでまた戻ってきてしまいました。

ただ、“元HKT48”というのに過敏になり過ぎてしまって……。「ゆうこすちゃんですよね?」って声をかけられるだけで、「きっと陰でいろいろ言われてるんだ」って思うようになってしまいました。結局、人前に出ることができなくなってしまったんです。専門学校の卒業と同時に実家へ戻ることにしました。

――ご実家ではどのように過ごされていたのですか?

菅本:家事をしたり、妹に勉強を教えたりしながら、ずっと家に引きこもっていましたね。でも、親が周囲から「ウワサは本当だったんじゃないか」、「まだ働いてないのか」などとだんだん言われるようになっていて。それがつらくて、また逃げるように東京へ出てきました。

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