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筋肉少女帯の“らしさ”の萌芽はここにあった 22期メンバーが初結集した作品『猫のテブクロ』

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3月12日(大阪)、18日・20日(東京)、筋肉少女帯が『「猫のテブクロ」完全再現+11 LIVE』を開催する。タイトルから見てどう考えてもアルバム『猫のテブクロ』の全曲+他11曲が演奏されるライヴなわけだが、2日間の東京公演ではセットリストが異なる上、他11曲の中にはライヴ披露が超久々となるナンバーもあるとかないとかで、ファン垂涎の内容となりそうだ。加えて、89年、「日本印度化計画」のヒットにからめて作られたレトルトカレー“筋少カレー”も復活販売されるという、何とも筋少らしいトピックもあって、当日を楽しみにしたいところである。というわけで、今回の名盤は『猫のテブクロ』でいってみよう。
『猫のテブクロ』(’89)/筋肉少女帯 (okmusic UP's)

“90年代の筋少”の最初のアルバム
1982年に大槻ケンヂ、内田雄一郎らで結成された筋肉少女帯(結成当初は筋肉少年少女隊)は、その後、幾度ものメンバーチェンジを重ねて、現在は24期メンバーとなっている。まぁ、どの時期の筋肉少女帯(以下、筋少)をリアルタイムで見ていたかによって意見が分かれるところだろうが、1989年からの22期を彼らの黄金期と呼んでも大きな反論はなかろう。大槻ケンヂ(Vo)、内田雄一郎(Ba)、本城聡章(Gu)、橘高文彦(Gu)、太田明(Dr)。1999年の活動凍結までの10年間をこのメンバーで過ごし、2006年にはほぼ同じメンバーで復活を果たした。曰く“90年代の筋少”である。ナゴムレコード時代~メジャーデビュー期の三柴江戸蔵(Key、現:三柴理)在籍時の筋少への思い入れの強い人がいることも重々理解している。彼のジャズの要素を活かしたピアノのテクニックと、時に大槻を上回るほどのパフォーマンスで強烈な印象を与えたことは間違いないし、それはまさしく“80年代の筋少”と呼ぶに相応しいものではあるが、何しろ当コーナーで取り上げる名盤は1枚。となると、時節柄も鑑みても、“90年代の筋少”を挙げるのが相応しいかと思う。あくまでも個人的な見解としてご理解いただきたい。また、折からのバンドブームも手伝って、22期の筋少は圧倒的に一般層へ浸透した。決してセールスの大小だけをバンドの良し悪しの判断基準とするわけではないが、これも“90年代の筋少”を推すファクトである。
『猫のテブクロ』は、この22期メンバー、“90年代の筋少”で制作した最初のアルバムである。さらに付け加えると、前述の三柴江戸蔵脱退で、それまでのバンドのサウンド面を司る人物がいなくなったところへ、本城、橘高のツインギターを加えることで、大きくバンドのサウンドを変革させた作品であった。ちなみに三柴脱退が1989年2月で、『猫のテブクロ』のリリースは同年7月。このスケジュール感だけ見ても、超タイトなスケジュールの中で作られた作品であることは間違いない。橘高はオーディションで筋少加入が決まった時、三柴と一緒に演奏できることを楽しみにしていた、なんて話もあるくらいだから、当時のバンドを取り巻く状態はかなりエマージェンシーだったようだ。そう考えると、本作は8曲入りで収録時間30分弱というミニアルバムなのだが、そうなったことにもうなずける。むしろ、よく作ったと言うべきかもしれない(まぁ、2nd『SISTER STRAWBERRY』は6曲入り30分強、6th『断罪!断罪!また断罪!!』は6曲入り25分なので、曲数、収録時間はあまり比較にならないかもしれないが…)。だが、これは想像でしかないが、その、おそらくギリギリの状態、厳しい制作期間だったからこそ、『猫のテブクロ』は他にはない魅力的なアルバムになっているではないかと思う。以下、本作を解体してみる。

ハードロック色が色濃いA面
端的に言えば、本作はM1「星と黒ネコ」~M4「星の夜のボート」と、M5「Picnic at Fire Mountain 〜Dream on James, You’re Winning〜」~M8「月とテブクロ」とに分けられる。前者がA面、後者がB面である(『猫のテブクロ』のアナログ盤は製作されていないようだが、カセットテープではリリースされた)。彼らの世代を考えれば、自然とA、B面のあるアルバムにしてしまったとしても不思議ではないが、この分かれているところが何ともいい。まずA面。M1「星と黒ネコ」で幕を開ける。これは単音弾きのギターのアンサンブルが奏でられる短いインストであるが、本作からギタリストが2名加入したことを示唆していると言えなくもない。その怪しい音色がフェードアウトし、今度は “これでいいのだ”との怪音(怪声?)が飛び込んでくる。雄たけび通りのM2「これでいいのだ」である。ハンマリングを駆使したギターとメリハリの効いたリズム隊が合わさったプログレ風のイントロが響く。続くM3「日本印度化計画」ではシタールが入ったり、逆回転があったりとサイケな味付けがされているが、こちらもエレキギターが前に出ている。加えて、M2、M3ともにフックあるBメロが活きてサビが超キャッチーに聴こえるという作りで、堂々としたハードロックなのである。“隠れた名曲”との誉れ高きM4「星の夜のボート」は、テンポがミディアムに落ちるが、それゆえに演奏のスリリングさが強調された印象もある上に、サビではM1にも似た単音弾きのギターの重なりが乗っていたり、間奏では鳴きのギターが聴けたりと、バンドサウンドの逞しさも確認できる。まさに“新生・筋少、ここにあり”と高らかに宣言しているようである。
A面の歌詞にも注目してみたい。
《非常にキビシー そりゃないぜセニョール》《テレビの男が言う「西から登ったお陽様が東へ沈む これでいいのだ」》(M2「これでいいのだ」)。
《natural high/トビマス トビマス》(M3「日本印度化計画」)。
楽曲タイトルもさることながら、この辺りのフレーズが、当時、一部のリスナーに当時の筋少をコミックバンドと思わせた所以だろうが、いやいや、これぞ筋少、これぞ大槻ケンヂである。こうしたサブカル的なフレーズを巧みに取り入れて世界観を構築する、あるいは独自の世界観にサブカル的フレーズを取り込むのは彼の得意技中の得意技だ。「高木ブー伝説」しかり、「ボヨヨンロック」しかりである。M2「これでいいのだ」が分かりやすいのだが、上記の通り、レトロな流行語や『天才バカボン』の台詞を引用しているものの、物語は決してお笑いではない。
《いわれなき罪によって 無実の僕は13年間/オリの中に閉じ込められていたのであった/星の夜 散歩の途中 黒い服の人々によって/手錠を掛けられてしまったのであった》《どんな夢も不思議じゃない/僕はいつも思うんだ いくらつらい事があったって》《これでいいのだ これでいいのだ/これでいいのだ これでいいのだ》。
冤罪事件の話だろうか、ひとりの男の大河ドラマのような人生が綴られている。で、締めは《人生とはなんだ》だ。不思議な余韻を残すリリックである。M4「星の夜のボート」はサブカルなフレーズがないので、完全シリアストーンだ。
《星の夜のボートが/僕の君を乗せて/流れて行くよ/追いかけて行こう》《たどり着いた海も/壊れかけているんだろう》《追いついたら語ろう/いつか行ったサーカスを/河より早く生きれたら/間に合えもしただろう》。
この宮沢賢治の詩の如き、幻想的世界観は素晴らしい。何でも大槻はこの歌詞をテレビを見ながらパッと書き上げたそうで、これはまさしく天才の所業なのだろう。

大槻らしい世界観が広がるB面
B面では、その大槻ワールドが全開となる。B面のオープニングというべきか、インタールードというべきか、これまた1分に満たないM5「Picnic at Fire Mountain 〜Dream on James, You’re Winning〜」から始まり、M6「Go! Go! Go! Hiking Bus 〜Casino Royale〜, 〜The Longest Day〜」、M7「最期の遠足」とつながっていく。
《7人の子供が遠足で/先生に隠れてお菓子を食べました/ビスケが ころころ転がって/追いかけていった7人の子供は……》(M5「Picnic at Fire Mountain 〜Dream on James, You’re Winning〜」)。
《僕らを乗せて走る 火を噴く山めざし/歌おうよ 声合わせ ガイドさんも やーやー/山賊の唄》(M6「Go! Go! Go! Hiking Bus 〜Casino Royale〜, 〜The Longest Day〜」)。
《はぐれた僕らが 2人と5人/その内 寂しい瞳の男の子が1人/その子は怯えて転んでしまい/どこにも行けずに夜の闇の中で1人》《夜が明けるまで時間があるから/僕は捜すふりだけしよう》《はぐれた僕らが 2人と5人/その内 寂しい瞳の娘が1人/娘は途中で悲しくなって/やめればいいのに/泣き出してしまった しまった》(M7「最期の遠足」)。
歌詞の主人公を共にする連作である。しかも、M5、6のメロディーは映画『007 カジノロワイヤル』(1967年)や『史上最大の作戦』の音楽からの引用で、M7「最期の遠足」は87年にインディーズ最後のアルバム『ノゾミ・カナエ・タマエ』収録曲のリテイクである。筋少ではのちにヘンリー・マンシーニの「ひまわり」や大林宣彦監督作品『時をかける少女』の挿入歌「愛のためいき」のカバーもしており、大槻がかなりの映画通であることも知られている。映画音楽からのセルフカバー。これはもう大槻ケンヂの独壇場と言ってよい。一本筋が通っていて楽曲の流れ、展開が滑らかだ。そして、ラストM8「月とテブクロ」。ドラマティックなメロディーラインを持ち、後半はノイジーなバンドサウンドが展開して完全にプログレと化すつミディアムナンバーだ。
《星の黒ネコ 月のテブクロ/僕を探して 旅に出るネコ》《大切な物 いつかは朽ちる/大事にしても いつもこわれる/そう思う黒ネコ ゆらり その手をかざして/星の夜 月の空/黒ネコの爪を折る》(M8「月とテブクロ」)。
M5の《「先生 遠足に行ってる間に猫が逃げてしまったら 僕はどうすればいいんでしょうか?」「猫の名前はなーんて言うんですか?」「テブクロです」》という台詞に対応している。少ない曲数にも関わらず、入れ子構造にしている点もホントお見事だと思う。
若干話は戻るが、本作『猫のテブクロ』は、それまでバンドの中心人物のひとりだった三柴江戸蔵が脱退したのち、本城、橘高の両ギタリストが加わり、新生・筋少がここからスタートした作品である。そこに思いを馳せると、《大切な物 いつかは朽ちる》や《星の夜 月の空/黒ネコの爪を磨く》といった歌詞に当時のバンドの状況が重なる──と考えられなくもない。文字面だけ見れば、妄想、空想に分類されるB面の歌詞だが、どこかドキュメンタリー的な生々しさが感じられるのは、もしかするとそんなところも影響していたのかもしれない。これ以降の筋少はツインギターのハードロックサウンド+大槻独自の世界観を持つ歌詞というのが基本のスタイルとなっていくが、『猫のテブクロ』はその22期筋少の原型であり、当時のバンドが持っていた熱気と、ちょっぴりの苦さが入り混じった名盤であろう。

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