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やりかけの家事もそのまま、切迫流産で即入院! 辛い気持ちを切り替えてくれたのは…

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「今日から3週間、入院してもらいます」

通院している産婦人科の先生にそう告げられたのは、妊娠34週に入ってすぐのことだった。

いつものように定期健診に来て、赤ちゃんの無事を確認し、エコー写真を受け取り帰る予定だった。前日に少量の出血はあったものの、そんなのは今までにも何度かあったし、だから今回も診察が終われば当然のように家に戻るつもりでいた。

「子宮頸管が2センチ切っています。切迫早産です。うちの病院では2センチを切ると強制的に入院となります」

突然そんなことを言われても困る。明日は友達とカフェに行く約束がある。来週は夫とマタニティフォトを撮るためにスタジオも予約した。

「もう家に帰すことは出来ないので、ご家族の方に連絡して入院の準備をしてもらってください」

まだ出産の準備も出来ていない。部屋の片付けも中途半端。今朝回した洗濯機の中には洗濯物が入ったまま。帰ってから干すつもりだった。やらなきゃならないことがまだたくさんある。

「お腹の赤ちゃんと今後の予定、どっちが大切ですか?」

答えは一つしかない。入院することが決まった。夫は仕事だったので、両親に電話をかけ荷物を持ってきてもらうことになった。

診察室から二階の病室まで、車椅子に乗って移動する。もう既に歩くことさえ許されない。個室に案内され、病室に着くとすぐに腕に容赦なく点滴が刺された。

この瞬間から、私の24時間点滴の入院生活が始まった。

荷物を置いた両親が帰った後、仕事を終えた夫が病室を訪れた。今まで現実を受け入れられずにいた私は夫の顔を見た瞬間に号泣。「帰りたい、家に帰りたい」を何度も何度も繰り返した。

その日は不安と心細さで一睡も出来なかった。

それからの入院生活は辛いものだった。常に点滴がついているのでベッドから降りるのも一苦労。切迫早産だったため動いていいのは食事の時に身体を起こすのと、手洗いに行く数メートルだけ。

午前中にはモニターをつけ赤ちゃんの心拍を確認。その間に張りが起これば夕方、夜にもモニターを継続。張りによっては点滴の量も日に日に増えていく。

点滴の副作用か常に身体は熱く、動悸、息切れに悩まされる。身体を動かさないので食欲もわかない。不安しかない、先の見えない毎日。 関連記事:「今日もお腹に居てくれてありがとう」 切迫早産で妊娠28週から絶対安静の入院に

夫も両親もほぼ毎日顔を出してくれた。

夫は私が寂しくないよう漫画を買ってきてくれたり、テレビカードを何枚も買っておいてくれた。夫の両親や友人もお見舞いに来てくれた。

来ている間は嬉しいけれど、帰った後はとても寂しくいつも一人で泣いていた。

37週に入れば退院出来ると聞いていたので、病室に張られたカレンダーを何度も見ては、退院まであと何日…と指折り数える日々。

ある日の夜、モニター中に今までにない激しいお腹の張りが起こった。点滴は最大量になり、もしかしたらこの病院では産めないかもしれない、大きな病院に移ることになるかもしれないと言われ、不安で初めて看護師さんの前で泣いてしまった。

その時担当だった看護師さんがそんな私を心配し、その日生まれたばかりの双子の赤ちゃんを両親の許可を取って私の病室に連れて来てくれた。

予定日より早く2500gで生まれたという双子の赤ちゃんはとても小さかった。そっと指を出すと、小さな手のひらで差し出したその指をキュッと握ってくれた。

「あなたのお腹の中にも、こんなに可愛い赤ちゃんがいるのよ。きっと大丈夫だから、赤ちゃんのためにも頑張ろう」

看護師さんにそう言われ、私はもう少し頑張ってみようと思った。

いや。頑張ろう、じゃない。頑張るしかないんだ。

お腹の中で育っている愛しい命のために、精一杯頑張ってみせる。私は、母親になるんだ。こんなことくらいでくじけている場合じゃない。

その日から私は気持ちを入れ替えることに決めた。食欲がなくてもごはんはしっかり食べる。赤ちゃんに栄養を送るため。出来るだけ弱音は吐かない。現実をしっかりと受け止め、前向きに先を見据える。

点滴は最大量のまま3週間の入院を何とか終え、退院の日には夫が迎えに来てくれた。

3週間ぶりの外はとても清々しかった。

その日、夫と二人で、最後の二人での外食をした。離れていた間の時間の話を、たくさんたくさんした。

それから3日後、私は無事に2,410gの男の子を出産。

点滴をはずしてすぐに生まれるんじゃないかと言われていたけど、赤ちゃんは3日間私に時間をくれた。その3日間で部屋を片付け出産準備も出来たし、実家に帰ることも出来た。

本当に、親孝行な子だと我が子ながら誇りに思う。世界一の宝物。 関連記事:「ママにしてくれてありがとう」人生のスタートをきった生後3日目の娘に書いた手紙

突然決まった切迫早産での入院。3週間という日々は最初、終わりが見えず永遠に続くんじゃないかと思えるほど長く感じていた。

けれどそれはきっと私には必要な日々だった。

もし入院していなければ無理をして無事生まれていなかったかもしれないし、入院したことで両親や友人の有り難みを改めて感じた。

そして何より、夫の存在の大きさを知ることが出来た。入院前はケンカばかりだった夫の存在が自分にとってどれだけ大きいものだったか、入院生活を通し距離を置いたことで再確認できた。そんな、本当は大好きで仕方ない夫との間に出来た我が子だからこそ、より愛しく感じられるのかもしれない。

そんなことを、今私の胸ですやすやと眠る我が子を抱きながら、私は思い出している。

著者:ふくちゃん

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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