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「ママといっちょにかえるの…!」抱っこしてほしい盛りの2歳でお姉ちゃんになった娘

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忘れもしません、あれは3人目の出産時。

私は4歳の長男と2歳の長女とともに、出産予定日1ヶ月前から主人の実家に里帰り出産のため帰省しておりました。

育児休暇に入るまでは週4〜5で働いていて、悪阻もあり持病の腰痛は後期になる程酷かったため、3人目妊娠期はまだ幼い兄妹とゆっくり遊ぶこともほぼなく、可哀想なことをしたと今では思っています。

里帰りをしたことで、私と子供達は出産までの日々、毎日散歩や公園遊びなどしながらゆったりと過ごすことができました。毎日みんなで赤ちゃんの話をしては生まれて来る日を心待ちにしていました。

兄妹はそれまで毎日イライラしていた私が時間も心にも余裕ができたせいか今までより優しくなったので、とても楽しそうでした。

2人とも保育園に通っていたため、ゆっくり母と過ごす時間が嬉しかったのだと思います。

長男の性格は私に似て短気でやんちゃ。そして夫婦にとって初めての子供で両家初孫だったせいもあるのか、とても我儘に育ちました。

かわって長女はマイペースでおっとりした、聞き分けの良いしっかり者です。

私は常日頃から手がかかる長男ばかり気にかけ、しっかり者の長女はとても育てやすかったせいか、つい放置しがちなところがありました。

そしていよいよ陣痛がはじまり入院に。時は吹雪く程の寒い1月下旬でした。

私が主人と産院に向かう前、気になったのはまず長男でした。私がいなくなると知れば、必ず泣く喚く暴れるのどれかもしくはフルコースです。

4歳なので大体のことはある程度言って聞かせてはみるものの、普段からなかなか納得してくれません。

何日か前から、「ママは赤ちゃんが産まれるから、何日か病院にお泊まりしないといけないけど、直ぐ帰ってくるからR君(長男)はここでSちゃん(長女)とじいじとばあばと待っていてね」と言い聞かせていました。

「さみしいよー(泣)ママいないと嫌だ!R君も一緒に行く!」と何度も言っていたので、当日も泣いて無理やりでもついて来ようとするなと予想していたのですが、いざ本番家を出るときは若干寂しそうにしたものの、「わかったー。絶対早く帰ってきてね!」とやや元気なく言われました。

あれ?おかしいなと思いつつも、陣痛がひどくなり深く考える余裕もなく、そのまま産院へと出発しました。

2歳の長女には急ぎめに「すぐ帰るから、お兄ちゃんとおりこうにしていてねー」程度の軽い挨拶だった様に記憶しています。 関連記事:私は入院、夫は自宅、2歳の息子は実家。赤ちゃんのためにそれぞれの場所で頑張る!

そして無事出産。3人目にしても痛いものは痛いし、怖いものは怖い出産でした。

後陣痛も今までより一番ひどく、2年ぶりの授乳も上手くいかずでクタクタでした。

でも早く子供達に会いたいと、出産報告の電話を義実家にかけました。

子供達もゆっくり面会できるよう個室を選んでいました。

義母に電話をすると労いの言葉をかけていただけたのですが、イマイチ歯切れが悪くテンションも低め。

話を進めると、なんと出産したその日に長男がインフルエンザに!

私が産院に行ったのが20時前くらいですが、その後すぐ発熱に気づき、救急にかかり先ほど帰宅したとの事。

出産は2時間ほどで、落ち着いてから連絡したのが0時前頃でした。

なるほど、家を出る前に元気が無かったように思ったのはこのせいだったのかと可哀想に思うと同時に、潜伏期間が頭をよぎり、新生児にうつる可能性の恐怖に震えました。

長男の面会はもちろん、うつっている可能性のある長女にもしばらく会えない…!

それから潜伏期間を考慮して数日置いたのち、当然赤ちゃんに接触はさせられないため産院のロビーで、マスクをつけた兄妹と義両親と面会しました。

長男はやつれていましたが、熱も下がり私と会えたことが嬉しかったようで、弱々しくも笑顔を見せ、留守中に読んだ本や遊んだ話を聞かせてくれました。

病気の時にそばについてあげられない申し訳なさで涙が出そうになりましたが、少しづつ元気になって一生懸命お話をしてくれる長男の手を握り、頑張って笑顔で話を聞きました。

長女は久しぶりだからか、少し恥ずかしそうにしながらも遠慮がちにママ、ママと手を繋ぎに来てくれ、ロビーにある絵本を持って来ては、これを読んであれも読んでとせがみました。

まだ2歳で言葉も兄と比べると少なめな娘ですが、絵本が大好きな子な女の子です。

不自由だろうに、病気が移る可能性があるのできちんと小さなマスクもした長女がとてもいじらしく見えました。

義母に留守中の様子を聞くと、2人ともとてもお利口で、夜寝る時も泣きもせず義母と一緒に眠ったそうです。

私も久しぶりに子供達の顔を見ることができ安心し、短い面会時間ですが幸せなひと時を過ごせました。

そして帰る時間に。息子は寂しそうにしましたが、義両親に優しく諭され、口を尖らせながらも靴を履き帰る支度を始めました。

私も寂しい思いにかられながらも、部屋で待たせている赤ちゃんの事が少し気にかかっていたので、時間を気にしていたところも正直ありました。

みんな靴を履き始め、ふと娘を見ると固まり動きません。

娘は普段聞き分けが良くとても大人しいのですが、拘りが強く曲げないところがあり、一度これはという時になるとテコでも動かない性格です。

ここでグズられるとマズイなと思い、優しく靴を履くように促すと、途端に娘の目から涙が、大粒の涙がポロポロポロポロこぼれ落ちました。

泣くとマンションの14階から1階まで響き渡るくらいの大声で泣く娘が、声も出さずに涙をこぼしたのです。

それをみて私はかける言葉を失い、ただ立ちすくんでしまいました。

娘は途切れ途切れに「ママと…いっちょに…かえるの…!」と何度もいい、繰り返すたびに声が大きくなっていきました。

私はこの子をどこまで気遣ってあげていただろうか。目に見えて分かりやすく手のかかる長男ばかり気にかけていたんじゃないか。

聞き分けがいいから、しっかりしているから、まだ2歳だからあまりわかっていないんじゃないかと思っていなかっただろうか。

まださ行がちゃ行になるたどたどしい話し方しか出来ない、小さな2歳の女の子なのに。

生まれてほんの2年でママのお腹には赤ちゃんができて、まだまだ抱っこしてほしい年頃なのにママには抱っこしてもらえなくなった娘。

こんなに小さいのに、どれほどの我慢を強いられて来たんだろう。

それに気付かず私は自分の体調や長男のことばかり気にしていた。さっきだって娘の気持ちなんて考えもせず、赤ちゃんの授乳のタイミングのことが気になり、なんなら面会を切り上げる時間を見計らっていたなんて…。本当にどれだけ最低な母なんだろう。

私も同じように涙が溢れていました。これ以上泣くまいと必死で涙をこらえ、

「もうすぐ帰るからね。ごめんねSちゃん、寂しかったね。今まで頑張ったね。赤ちゃんとすぐに帰るからね。待っててね」

と伝え抱きしめるので精一杯でした。

それでも動かず泣き止まない娘を、最終的には義父が抱き上げて車に連れて行ったのですが、ついには産院に響き渡るほどの号泣。でもそれを誰が止められるでしょうか。

周りにいた大人たちもみんな泣いていました。小さい子供にとってママと過ごせない時間は、たとえ数日であっても永遠に会えないかのような辛く長い時間なんですよね。

その上私はいろんなことを言い訳に、子供達一人一人を見てあげれていなかった…。

今長男は5歳、長女は3歳、赤ちゃんは来月1月で1歳になります。

兄妹は弟をとても可愛がってくれ、相変わらず娘はしっかり者で弟のお世話もよくしてくれます。

ただ、今でも思い出したように急に話をすることがあるんです。「Sちゃんね、ママがいなくなって、ちゃみちかったの。いっぱいないたの」と。

私は母になり5年目のまだまだ未熟な人間です。でもそんな事言い訳にできないくらい毎日子供達はまっすぐにぶつかって来ます。曲がりないストレートな愛情を裸のままぶつけてきてくれます。

3人の子育ては始まったばかりですでに白旗をあげそうな勢いの毎日ですが、どんなにイライラした日も怒りすぎた夜も、子供たちに何よりも大切に思っているという事、あなた達はママの宝物だよと毎日伝えることだけは欠かさないようしたいと思っています。 関連記事:赤ちゃん返りは「私を見て!」のサイン。兄姉の訴えに、ママも全身で応えてあげたい

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