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アニメ・漫画・ゲーム脚本で活躍中の深見真が語る「キャラクター・ストーリー作りの極意とは?」

富野由悠季さんに褒めてもらえたドラマ企画

深見氏は、大学在学中から小説を書き始めている。

「正直に言って、他にやりたいことがなかったんです。アルバイトをしたり、面接を受けたりしましたが、どうにもピンと来なかった。書き始めたきっかけは、すごくぼんやりしたものでした」

小学生の頃から、文章を書くのは好きだった。だが、プロになろうと思っていたわけではない。

「最終的には、就職したくない、という気持ちが一番大きかったのかもしれないです。性格的に、どうにもうまくいかない気がして。大学もいろいろあって辞めてしまうんですが、決まった時間に決まったところに行くのが、苦手だったんですよね」

本を読むのも大好きだったが、映画も好きだった。大学在学中どころか、浪人中も映画にどっぷりハマっていた。

「親には本当に申し訳なく思っていますが、予備校や進学準備の資金を9割映画とレンタルビデオにつぎ込みました。ほとんど予備校には行かずに、映画ばかり観ていましたから。当時、レンタルビデオは結構高かったんです。本は図書館と古本屋をフル活用していました」

自分で書き始めたら、大量の原稿を書き進めてしまう自分がいた。1カ月に700~800枚。一年ほどで15~16作は書いていた。

「必要にかられて、です。そうしないと就職することになる。したくないなら書くしかない、と(笑)」

小説のみならず、ドラマ企画の賞にも挑んだ。

「ドラマ企画コンテストのとき、審査員だったアニメ監督や原作や脚本、小説家として著名な富野由悠季さんに褒めてもらえたことがあったんです。これはうれしかった。小説でもドラマでもアニメでも漫画でも、要するに、ストーリーを考えることが好きだったんですね。物語ならなんでもよかったんだということに気が付いて。実際、どんどん話が浮かんでくる。やりたいことが内側から出てこないと、この仕事には向いていないですから」

2000年にミステリー賞を受賞、デビュー作となったのは、小説。だが、ほろ苦いデビューだった。

「ものすごく売れなくて(笑)。運が良かったと思うのは、まだTwitterもないし、匿名掲示板も盛んじゃなかったことです。そんな時代に、あれだけ自分の本にネットを通して悪評が入って来ていましたから、もし今くらいソーシャルメディアがあったら、僕は筆を折っていたと思います」

もともと自分が書きたかったのは、アクションだった。ところが、応募したのはミステリー。

「ねじれ感を消せないまま、強引に展開してしまったんですよね。でも、このときも審査員の有栖川有栖先生がとても褒めてくださって」

3~4年、書き進めるものの、なかなか売れない厳しい時代が続いた。転機になったのは、作家の山下卓氏との出会いだった。

「勝手に僕が師匠と呼んでいる人です。たまたま出版社で打ち合わせをしていたら、担当編集者が同じだった山下さんが通りかかりまして。普通なら、単なる挨拶で終わったのかもしれませんが、お互い、ひとつ共通項があったことに気づいていて。それが、押井守監督の知り合いだったことでした」

深見氏は押井氏と縁があり、一度だけ本の帯の推薦文をもらっていたことがあった。山下氏と押井氏につながりがあることを知っていた深見氏が押井氏についての話をするうち、実は家が近所だったことがわかった。

「仲良くしていただくことになって、それからたくさんの編集者を紹介してくださったんです。この出会いをきっかけに出た本が、ようやく売れるようになって、今に至るんです」

この苦しい時期、深見氏はもうひとつのチャレンジをしていた。それが、漫画の原作の賞への応募だった。ここでも、賞を取る。

「本は出ていましたが、小説だけではとても食っていけない。漫画をやろう、と思ったんですね。ここから漫画に関わるようになり、アニメの世界にも呼ばれるようになったんです」

コンピュータハッカー事件を中心としたストーリー協力

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