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福岡から世界に通じるIoTビジネスを──スカイディスクCTO大谷祐司のキャリアはこうして作られた

福岡は「スタートアップ都市」。テクノロジーベンチャーがいま熱い

2013年に創業されたスカイディスクは、福岡発のIoTスタートアップだ。

IoT向けの脱着式センサ「SkyLogger」とAIクラウドサービス「SkyAnalyzer」、さらに人工知能基盤「SkyAI」を組み合わせ、流通や農業、工場のセンシング、分析予測など幅広い分野へのサービスを提供する。

2016年11月には、低消費電力で広範囲な通信ができ、IoTに適しているといわれる「LoRaWAN」に注目し、実証実験も開始した。日本企業のなかでもいち早い取り組みとして注目を集めている。

そのスカイディスクに今年(2017年)1月にCTOとして転職したのは、昨年まで人材サービスのインテリジェンスで技術責任者を務めていた大谷祐司氏だ。

「これまでの複数の企業での経験を踏まえ、一人のエンジニアとして、さらに技術組織のマネージャーとしてもっと大きな飛躍をしたい、地方発のIoTビジネスをグローバルに展開するという新しいミッションにチャレンジをしたい、という二つの思いがありました」と、転職の理由を語る。

いずれは生まれ故郷の山口県下関市に戻りたかったということもあり、下関から車で1時間足らずの福岡市の企業を探していた。

福岡市がさまざまなテクノロジーを活かした新しいビジネスのホットスポットとして注目されていることを知っていたからだ。

福岡市は2004年に安倍政権の国家戦略特区構想で「グローバル創業・雇用創出特区」に選ばれている。ドローンで買い物を代行したり、大学構内で自動運転バスを走らせる実験も始まった。

市長自らが先頭に立って2012年には「スタートアップ都市」を宣言、外国人の創業活動を特例的に認める「スタートアップビザ」や、革新的なビジネスにチャレンジする創業者たちを応援する「スタートアップ法人減税」などユニークな制度も生まれている。

2016年秋には、福岡市・九州組み込みソフトウェアコンソーシアム(QUEST)と九州先端科学技術研究所(ISIT)が核となり、福岡市域でIoTに興味を持つ企業、組織、個人、大学が集まる場「福岡市IoTコンソーシアム(FITCO)」もスタートした。

大谷氏が転職したスカイディスクもFITCOのメンバー企業の一つだ。

「エンジニアのコミュニティ活動も活発で、Web系エンジニアのハッカソンや勉強会が盛んに開かれています。年に一度はテクノロジーとクリエイティブの祭典と銘打った“明星和楽”というイベントも開催され、私も昨年11月のイベントではCTOナイトというセッションにパネラーの一人として参加しました」

ちなみに「明星和楽」は、福岡で生まれ、いまは海外にもプロジェクト管理ツールの事業を展開している、ヌーラボのCEO橋本正徳氏が仕掛け人。福岡にはこの他にもRPG「妖怪ウォッチ」シリーズで知られるレベルファイブなどいくつかの優秀企業が生まれている。

ITやIoT、さらにゲームソフトまで、スタートアップやベンチャー企業がひしめく福岡市。その熱いビジネスの躍動がこの地に惹かれた理由だが、「さらに」と大谷氏はつけくわえる。

「人口146万の大都市のわりには街がコンパクト。他企業を訪問するのもほとんどが徒歩、自転車圏内。街でもしょっちゅう知り合いに出会います。東京などで技術を身につけ、福岡で挑戦する私のようなU・Iターン組も多い。

それになにより、食べ物が美味くて、海が近く、公園がたくさんある。0歳と2歳児の親としては子供を育てるには最適な環境なんです」

ちなみに、大谷氏が借りた3LDKのマンションは、繁華街・天神から電車で10分なのに、家賃が10万円以下。東京の半分以下と、住みやすさも抜群だ。

サイバーエージェント子会社で初のCTOを経験

大谷氏は大学時代はバンド活動をしており、本気でプロを目指したこともある。音楽に見切りをつけて深く考えずに就職したのが、中小SIer。

それまでプログラミング経験は全くなかった。それでも技術を覚えるとどんどんプログラムが書け、人より早く仕事を終えることができるようになった。

「でも、“会社は人月単位で請求するのだから、もっとゆっくりやっていいよ”と言われ、その構造に疑問をもつようになりました」

一度は大きな企業の事業構造を学んでおきたいと、2007年にリクルートエージェントに転職。必要に応じてプログラミングすることはあったが、もっぱら新規事業の企画開発が仕事になった。

SIer時代から自宅で勝手に開発していた、ネット広告関連のWebツールが、当時、技術力を強化しようとしていたサイバーエージェントの広告部門の目に留まった。

「リスティング広告とアドネットワークの広告にクロールをかけてどんな企業がどんな広告を出しているかを見える化するツールですね。それをサイバーエージェントが使いたいといってくれたので売りました。それからしばらくして、広告部門の技術力を強化したいのでウチに来ないかと。2008年に転職しました」

サイバーエージェントでは、ほとんど一人でネット広告運用のプラットフォームを開発し、そこにぶらさがる40個ほどのサブシステムも作り続けた。

最終的にはシーエー・アドバンスという開発系の子会社にチームごと移籍。大谷氏は東京、沖縄あわせて20人ぐらいのエンジニアをまとめる立場になった。

シーエー・アドバンスで初めてCTO的な役割を担うようになったのだが、そこで得た教訓は今でも大谷氏の思想のコアにある。

「それまではできない若手を成長させるより、できるエンジニアを連れてきたほうが事業は伸びる、と思い込んでいたんです。しかし、その考えが180度転換しました。成長し続ける組織があってこそ、本当に強いチームができる。

人の成長を考えたマネジメントが絶対に必要だ。人材採用にあたっても、すぐに仕事をこなせる人というよりは、これから一緒に会社の組織や文化を作っていける人を重視するようになりました」

マネジメントについては、当時、同社の社長を務めていた菊池満長氏から多くのことを学んだという。

エンジニアにとって「発信することは正義だ」という確信

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