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あのファミコン名人が、「スーパーマリオラン」をやってみた!

まずは、こちらの動画をご覧いただきましょう。

こちら、2016年12月に、任天堂が満を持して送り出した『スーパーマリオラン』。初めてマリオがスマホゲームに登場したことで、大きな話題となりました。あのスーパーマリオの雰囲気はそのままに、指1本で操作ができるなど、スマホに特化したマリオに仕上がっています。

そして、動画でマリランをプレイしているのは・・・・・・。実は、 かつて「高橋名人の弟子」として全国キャラバン(ハドソン主催のファミコン全国大会)も周った、元ハドソンの桜田名人なんです! そもそも『スーパーマリオブラザーズ』がファミコンで発売されたのは、1985年のこと。当時は高橋名人などの「ファミコン名人」が子どもたちのヒーローでした。

さて、ではファミコン名人は、スーパーマリオランも「ノーコンティニューでクリア」できるのでしょうか? 気になります。・・・・・・というわけで、今回は桜田名人に『スーパーマリオラン』をプレイしてもらいました!

ハドソンの入社試験がスーパーマリオだった

プレイの前に、まずは名人の紹介から。

――桜田名人は「高橋名人の弟子」ということなんですが、ハドソンには「名人」として入社されたんですか?

「いや、もともとはゲームの開発者として入社したんです。ファミコンは中学3年の時に父親に買ってもらって、それからはもう友達と夢中になって遊んでいましたね。スーパーマリオも発売日に買ってからどっぷりハマって、朝プレイして、学校に行く時間になったらポーズして、帰ってきたらまた始めるほどでした。そもそも、ハドソンの入社試験もスーパーマリオだったんですよ」

――え、 ハドソンの入社試験に、任天堂のスーパーマリオを!? それっていつのことですか?

「高校を卒業した次の日でした。当時ハドソンは新人を募集してなかったんですけど、アポなしで訪ねたんですよ。数年前にハドソンが雑誌に『天才募集!』という求人広告を出していたんで、その切り抜きを握りしめて。いま考えると頭おかしいですよね(笑)」

――「天才が来たぞ!」って言ってるようなものですからね。

「突然の訪問にもかかわらず、なんとか面接をしてもらえたんです。その最中に中本伸一さん(※ボンバーマンなどの産みの親)が突然やってきて、僕を指差して『お前! ゲーム上手いか?』と」

――なんて答えたんですか?

「『はい』と(笑)。そのまま別室に連れて行かれて、スーパーマリオが映し出されたモニターとファミコンを指差され、『ノーミスでクリアしたら入れてやる!』と言われて。緊張はしましたけど、何度もプレイして体が覚えていたので、ノーミスでクリアできました。もう次の日から出社していましたね」

――本当にスーパーマリオでハドソンに入ったんですね・・・・・・。

「あとから知ったんですが、当時ハドソンはパソコン向けにスーパーマリオを移植した『スーパーマリオブラザーズスペシャル』の開発を予定していたんです。『マリオが上手い奴がつくったほうが、いいものができるだろう』という考えがあって、僕が採用されたみたいですね」

――開発者として入社したのに、そこからどうして「名人」に?

「高橋名人が大人気になって、超多忙になったんです。『第2回全国ファミコンキャラバン』というゲーム大会が開かれることになり、司会やデモプレイに名人役が必要になったんですが、高橋名人は全国を周る時間がない。そこで代役を立てることになり、社内でゲーム大会を開いて、僕ともう1人が選ばれました。開発者から、突然『高橋名人の弟子・桜田名人』になったんです」

真剣な表情でプレイする当時の桜田名人
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