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100万人デモは2002年W杯応援群集に重なる

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「朴槿恵─崔順実スキャンダル」で激動する韓国の新年は、早期大統領選に向けズブズブの政治の季節となる。韓国の政治史を振り返れば、1987年に復活した国民直接投票による現在の大統領選の歴史には、10年周期がある。今年はその「変化の周期」にあたる。

 1987年以降、韓国では30年間に6人の大統領が誕生したが、これまで保守・革新あるいは右・左が二人ずつ10年おきに交代してきた。この流れで言えば、李明博・朴槿恵と続いた保守政権の次となる本年は、間違いなく左翼・革新系の野党政権誕生という順番なのだ。

 朴槿恵大統領を“弾劾”に追い込んだいわゆる「100万人ロウソク・デモ」については、全斗煥軍事政権に改憲と民主化選挙を約束させた1987年の学生デモ「6月民主抗争」に比喩する向きがある。

 街頭闘争を得意とする「韓国政治の伝統を受け継ぐもの」というわけだが、この1987年の民主化大統領選は、実は左翼・革新勢力にとっては「悪夢の大統領選」だった。

 なぜなら街頭デモで民主化を勝ち取った民主化勢力(野党陣営)が選挙でも勝つはずだったのに、実際には全斗煥と同じく軍人出身の与党候補である盧泰愚が当選したからだ。原因は民主化勢力の野党陣営が分裂、金泳三と金大中が共に立候補し票が分散したためである。

 今回も野党陣営には、前回、朴槿恵に惜敗した文在寅をはじめ「大統領になりたい候補」がたくさんいる。もし候補一本化に失敗すれば87年の「悪夢の再現」である。したがって今年、野党陣営はこの“トラウマ”から脱するため全力を挙げることになる。

 その意味では、左翼・革新系にとっては実は「1987年の歴史」より「2002年の歴史」が重要なのだ。

 2002年とはどういう年だったのか? 初めての解放後(戦後)世代の大統領候補として、ダークホースの盧武鉉が当選した年である。そしてこの年の夏、韓国では日韓共同開催のサッカーW杯が行われ、韓国がベスト4まで勝ち上がったこともあって国を挙げて熱狂した年だった。

 このW杯の際、今回の朴槿恵退陣要求デモと同じ規模の「100万人街頭応援」が同じ場所で展開されている。

 今回は「ロウソクの群集」が内外を驚かせたが、あの時は応援に集まった人々がサポーター用の赤いTシャツを着ていたので「真っ赤な群集」となって内外を驚かせた。ある外国人記者は「ソウルがピョンヤンになったみたい……」とつぶやいたものだ。

 今回の「100万人デモ」は1987年のデモではなく、2002年のW杯応援群集に重なるというのが筆者の体験的見立てである。ちなみに、「100万人デモ」の後、参加者が街頭のゴミを集めてきれいさっぱり掃除するのも、2002年W杯と同様のパフォーマンスである。

 あの時は「デーハン、ミングック!」(大韓民国)の絶叫が都心にこだまし、老若男女から家族連れまで、お祭り気分で愛国心に酔った。マスコミは「みんな一つになろう!」と連日のように扇動し、人びとは街頭に出かけなければ「のけ者にされそう……」な気分になってソウル都心に繰り出した。

 あの「100万人街頭応援」の得も言われぬ高揚感と、韓国チームの活躍によってもたらされた若い世代の自信感……。この社会的雰囲気が、若者世代が支持する盧武鉉を当選させたと当時、そういう分析が多く語られた。

 2002年選挙では投票日の直前、やはり若手代表として立候補していた現代財閥の御曹司で韓国サッカー界のドン、鄭夢準が立候補を取り下げ、盧武鉉に合流するという劇的一本化で盧武鉉が当選した。

 今年、左翼・革新系の野党陣営が狙うのはこの線である。盧武鉉を勝たせたのは“W杯世代”だったが、今回の朴槿恵打倒の群集デモの主体はまさにその世代なのだ。あの成功体験からしても、今回も大群集の街頭パフォーマンスの後は左翼・革新政権ということになるのだが、さて?

●文/黒田勝弘

※SAPIO2017年2月号

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