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あえてリミット越えを狙わない僕らの青春 『レッド・オークス』シーズン1

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「海外ドラマは監督よりクリエイターで語るべき」というのは海外ドラマに詳しい友人の弁だが、『レッド・オークス』くらい気になる監督がそろっていれば映画ファンとしてはどうしてもそっちに興味が向いてしまう。しかも製作総指揮はスティーブン・ソダーバーグ。この映画監督オールスターズが送る80年代青春ドラマと聞けば、筆者のような80年代育ちが観ないわけにはいくまいて。
 
カントリークラブで繰り広げられるひと夏の群像劇
 
主人公のデヴィッド(クレイグ・ロバーツ)は、NY郊外にある会員制カントリークラブ「レッド・オークス」でテニスコーチのバイトをしている大学生。高校時代からのガールフレンド、カレン(ゲイジ・ゴライトリー)も同じクラブでエアロビのインストラクターとして働いている。そこにお調子者の親友ウィーラー(オリヴァー・クーパー)、クラブのやり手社長ゲッティ(ポール・ライザー)と娘のスカイ(アレクサンドラ・ソーシャ、離婚危機に瀕したデヴィッドの両親らが絡んで、ひと夏の群像劇が綴られていく。
 
80年代モノとなるとMTVに代表されるきらびやかなポップカルチャーがフィーチャーされがちで、『レッド・オークス』も当時のヒット曲をBGMに使ったりはしている。が、当時のキャッチーなアイコンに頼って時代ごと戯画化しようという欲求とは明らかに距離を置いている。
 
主人公のデヴィッドには映画オタクの気がある一方でテニスコーチをするようなスポーツマンだし、可愛い彼女もいれば社長の娘スカイをデートに誘ったりもする。ジョックスVSナードのようなお決まりのスクールカースト的要素も出てはくるのだが、類型的なキャラ設定ではない。たまたま時代設定が80年代になっただけだとでも言いたげな、自然体のスタンスが貫かれているのだ。
 
ではなぜ80年代を選んだかというと、おそらくクリエイターで脚本を書いているグレゴリー・ジェイコブズの実体験がベースだから。ジェイコブズは『クリミナル』(2005)や『マジック・マイクXXL』(2015)などを手がけた映画監督だが、むしろソダーバーグ作品のチーフ助監督やプロデューサーとして知らている。長らく「ソダバの右腕」として影の存在だった男が、珍しくプライベートを含めた自分自身を前面に押し出したのが『レッド・オークス』なのである。
 
ジェイコブズにはNY大学在学中にバイトとしてカントリークラブでテニスコーチを務めていた経験があり、主人公であるデヴィッドに若き日のジェイコブズを重ねても読み違いではないだろう。
 
で、綺羅星のごとき監督たちの仕事について書く気満々だったのに、やはり『レッド・オークス』はクリエイターであるジェイコブズの作品なのだと思う。「あのハル・ハートリーがまさかBGMにジョン・キャファティーの“Voice of America’s Sons”を!」みたいな楽しみはある。かといってハートリーが担当した第5話でハートリーの個性を堪能できたりはしない。そもそもオリジナル作品にこだわってきたハートリーがこういった雇われ仕事を引き受けたこと自体が驚きだ(シーズン2では全体の半分のエピソードを手がけている)。
 
クリエイター:グレゴリー・ジェイコブズは優しいソダーバーグか?
 
閑話休題。ジェイコブズの話に戻る。『レッド・オークス』がジェイコブズメインの作品だと感じたもうひとつの理由は、正直印象論でしかないのだが、自分では当たらずとも遠からずではないかと思っている。
 
近年のジェイコブズの単独監督作といえば兄貴分のソダーバーグから監督を引き継いだ『マジック・マイクXXL』だ。前作の監督だったソダバがジェイコブズにタスキを渡した、と思いきや、ソダバが撮影監督と編集を務めていて「オイ!さすがにジェイコブズがやりづらいだろ!」と突っ込んでしまったが、『マジック・マイクXXL』は『マジック・マイク』と似て非なる、ソダーバーグのクールな作風とは別種の個性を持つ逸品になっていた。いろいろ端折って言うと、一番の違いは「すべての登場人物たちに注がれる優しさ」である。
 
『レッド・オークス』もまた、登場人物への目線がとても優しい。人物造形で影響を受けたという『卒業』にも直結するノンポリ大学生のデヴィッドは、シリーズを引っ張る主人公としてはキャラが弱い。しかしそのあやふやさこそが本作の持ち味で、青春コメディという体裁を取りつつも、とらえどころがないまま移ろいゆく人生模様がさらさらと綴られる絶妙な匙加減が素晴らしい。
 
デヴィッドを取り巻く大人たちはアクの強い連中が多いのだが、エピソードを重ねるごとに、彼らだってどこにでもいるあやふやな存在であることがわかってくる。それぞれに愚かしく、迷いもあれば葛藤もある。ただしデヴィッドら若者世代と違い、彼らには人生の苦渋を受け止める覚悟と度量がある。いくら右往左往して惑っていても、昨今よく描かれる「子供じみた大人」ではない。この明確な線引きは、40代半ばの筆者には作り手の誠実さに感じられるのだ。
 
それゆえに『レッド・オークス』のシーズン1は、ドラマを面白くするために過剰にオモシロを盛ったりとはしない。不条理コメディの定番である「入れ替わり」ネタの第7話はシーズン中でも最も非現実的でぶっ飛んだエピソードだが、やはりハチャメチャにもドタバタにも寄り過ぎない。ある意味映画的でもドラマ的でもないからこそ、この“どこにでもありそうなひと夏”が愛おしい。ソダバ直伝の節度にジェイコブズの優しさがあわさって、この気持ちよくムズかゆい、そして懐かしいのに新鮮な青春ドラマが生まれた気がしてならない。
 
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[予告編]

 
[視聴リンク]
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