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L⇔Rの黒沢健一が逝去

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脳腫瘍のため療養中だった黒沢健一が12月5日に逝去したことが、オフィシャルHPにて明らかになった。48歳だった。

通夜と葬儀は近親者のみで行なわれ、後日ファンに向けた「お別れの会」の場が設けられる予定。詳細は決定次第告知される。

また、オフィシャルHPでは、実の弟である黒沢秀樹をはじめ、L⇔Rのメンバーとして共に活動した木下裕晴、嶺川貴子のコメントが掲載されている。

黒沢健一は1991年にL⇔Rのメンバーとしてデビュー。1997年のバンド活動休止後はソロ名義での活動のほか、音楽プロデューサーや作曲家としても活動を行なっていた。

【黒沢健一を応援して頂いていた皆様へ】
病気治療のため入院しておりました黒沢健一は12月5日午前3時52分、脳腫瘍のため永眠いたしました。ここに故人のご冥福をお祈りし謹んでお知らせ申し上げます。

通夜及び葬儀は近親者のみで執り行われ、応援してきて頂いた皆様には「お別れの会」を後日催す予定ですので、詳細が決まり次第ホームページでお知らせさせて頂きます。

黒沢健一を長く応援して頂きました皆様には心より感謝申し上げます。

【黒沢秀樹よりコメント】
病気療養を続けていたL⇔Rのリードヴォーカル、僕の実兄である黒沢健一は12月5日の深夜、夜明けを待たずに旅立ちました。家族の見守る中、安らかに眠るような最期を迎えることが出来ました。

ファンの皆様からの沢山の応援のメッセージには本人のみならず、家族も大変励まされました。これまで兄の音楽を愛してくれた皆様に心からの感謝を家族を代表して申し上げます。

もう一度一緒に新しい作品を作り、同じステージに立つという夢は叶いませんでしたが、年明けの武道館ライブDVDのリリースは兄の強い希望でスタートした企画であり、実現出来ることはとてもうれしいです。力を尽くしてくれたポニーキャニオンの皆さんを始め、これまでお世話になった全ての関係者、スタッフのみなさんにも心からの感謝を捧げます。本当にありがとうございました。

デビューから25年という節目の年にこのような報告をしなくてはならないことはとても悲しく残念なことですが、黒沢健一の音楽はこれからもずっと、聴く人の心に響き続けてくれると信じています。兄の遺してくれた作品が、一人でも多くの人の悲しみや絶望を癒し、希望の糧となってくれることを心から願っています。

黒沢秀樹

【木下裕晴よりコメント】
随分と昔の話になりますが僕は、健一、秀樹、貴子と共に

音楽業界の海にとび出しました。

あれから20余年。今はもう別々の活動をしており、僕自身はアーティストのサポートという裏方の仕事をしていますが、この4人の活動が僕の原点になっています。

そのうちの1人である健一が旅立ちました。

健一は自分の近くに長く一緒にいてくれた友人でもあります。

よく会っていましたし、ソロの活動にも参加させてもらっていました。

昨日亡くなった本人に会いましたが、寝ているくらいにしか思えず、

未だに全く実感が湧きません。

この先、寂しくなるな。

「健ちゃん、[grow]が滲みるよ、ベース入ってない曲だけど。笑

新曲はしばらく聴けそうにないけど、いつか聴けることを楽しみにしてるよ!」

木下裕晴

【嶺川貴子よりコメント】
私の健一君に対する印象は、天才的天然少年。話を膨らませるのが面白かったし、スプーン曲げが上手だった。

3年前久しぶりの再会をした時、健一君はぜんぜん変わっていなくて、笑顔で優しかった。短い時間だったけど、あの時再会できてよかった。発見された、健一君が描いた ”いけんを言うもも” の絵は、本当に私に似ていますね。大事にします。ありがとう。

たかこ

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