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「今のいきみ方良かったよ!グレート!」アメリカでの初出産はカルチャーショックの連続

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私の妊娠がわかったのは、夫の赴任先アメリカに来て10ヶ月経った頃。

ようやく生活に慣れてきて、買い物や運転が楽しくなってきた頃でした。

アメリカは広いので、州によってお産事情も異なると思いますが、私の通った病院ではエコー写真は最初の妊娠確認と、途中での性別確認の時のみでした。

ですので、豆粒のような写真だったのが、急に人間の赤ちゃんになっていた時は驚きました。

毎回心音を聞くだけの簡単な検診で、本当に大丈夫なのか不安でしたが、無事出産までいくことができました。 関連記事:体質?環境?あまりに違いすぎてカルチャーショックの、ベルギー人妊娠事情 by さとえみ

出産方法は無痛分娩。促進剤を使っての計画出産の予定でした。

が、促進剤を打つ予定の3時間ほど前に陣痛が…あわてて病院に行き、陣痛の間隔が7分を切ったところで麻酔薬を投入しました。

そこから待つこと8時間。その間全く痛みは感じず、友達にメールしたり、主人と仮眠を取り合ったり、おしゃべりしたりと楽しい時間を過ごし、8時間を過ぎた頃ちょっとずつ痛くなってきました。

先に産気づいた妊婦さんが帝王切開で、先生がなかなか出てこず、やきもきしていた所に先生がやってきて、子宮口を見てもらった所10センチ開いていました。

「よし、じゃあ産もうか!」という具合で心の準備も何もなく、寝ていたベッドが高い位置まで上がり、天井のライトが点き、あっという間に病室が手術室になりました。

直前に病院の通訳さんから、「無痛といえど、産む時多少は痛いよ」と教えられ、何の知識も無い私は「え?痛いの??」と。

最初から最後まで全くの無痛だと勘違いしていた私は軽いパニックに…笑

出産中はお国柄か、アメリカ人医師や看護師達は、

「今のいきみ方良かったよ!素晴らしかった!」「グレート!」

などと褒めちぎってくれ、経産婦の通訳の日本人の方からは、

「赤ちゃんも頑張ってるからね!ここで止めたら赤ちゃんだって息できなくて辛いからね!もっと頑張れるよね!」

と、飴と鞭の洗礼を受けました。

でも私にはその飴と鞭が良かったようで、いきみ出してから25分ほどで出てきてくれました。

出てきた瞬間はもうなんとも言えない幸福感に包まれ、涙が止まりませんでした。

横で立ち会った主人も、ただただ感動し、一部始終見たことで赤ちゃんに愛着も湧いたようで、立会い出産にして良かったなと思いました。

初産にしては安産だったかと思いますが、その後が地獄でした。

私の産んだ病院では会陰切開というのがなく、自然に裂けたのを縫う感じでした。

裂け方が悪かった私は、麻酔薬が切れてからおしっこが染みて…そのため怖くて水が飲めなくなりました。

結果、ひどい便秘に。用をたしながら大泣きしたのは初めての経験でした。

また、産んですぐカンガルーケア、その後看護婦さんが身体測定と軽く拭いて綺麗にしてくれたら、そこからはもうずっと子供と一緒です。

体が思うように動かない中、パパがいない時はオムツ替えもしなきゃいけません。

出血も多く、パッドも頻繁に変えなきゃ漏れてくるし、トイレに行ってる時に限って赤ちゃんは泣くし。

色々なことが気になり、出産日の夜と次の夜は眠れず、そのまま退院になりました。 関連記事:産んだらすぐ帰宅! オランダならではの産後ケア「クラームゾルフ」体験初日

家に帰り、久しぶりのお米を食べ(病院食はパンかオートミールでした)安心して寝たのもつかの間…赤ちゃんが泣く泣く泣く。

結局ほとんど眠れず、先のことを思うと不安で胸がいっぱいになりました。

ちなみに退院の翌日は小児科での検診があり、そこで黄疸の数値が悪いと言われ、翌日も小児科で採血。1日で大きく改善されるはずなどなく、また翌日も小児科へ。

寝れていない中、赤ちゃんの小さな足をカッターの先のようなもので切られ、血を絞り出されるのが精神的にきつくて、赤ちゃんと一緒に毎日大泣きしながら見ていました。

退院後、休む間もなく歩きっぱなしで(アメリカは病院にやたら時間がかかり、一回行けば1日仕事です。そして病院が広い。駐車場から病院までシャトルバスが出ていることもあります)、とうとう会陰やお腹の痛みが限界に。

痛み止めをどんなに飲んでも効かず、救急病院に行くことになりました。

ものすごく痛いけど、さほど救急患者でない私は、どんどん後回しにされ5時間待ち。

もう座ってるのも辛くて帰ろうかと思った時、ようやく名前が呼ばれ、強めの痛み止めを処方してもらえることになりました。

先生から、産後全く休めなかったことが体調不良の原因ねと言われ、

(それなら翌日から検査なんてしないでよ!)

と思いましたが、文句を言う勇気も気力もなく、家に帰って休むことに。

でも、家に帰ったって赤ちゃんは泣くし、おしっこだってする。

結局そんなに休めず、毎日泣きながらおむつ替えなどをしていました。

それでも2週間を過ぎる頃には痛み止めを減らせるまでに回復。

2週間目の検診では、黄疸の数値も下がり、体重も増えていて、担当医から「お二人とも上手に育ててますね。素晴らしいです」とのお褒めのお言葉をいただけました。

その言葉で、張り詰めていた肩の力がふっと抜け、気が楽になり、私が夜泣くこともほとんどなくなりました。

散々な幕開けだったアメリカでの子育てですが、周りの人からのあたたかい言葉に助けられ、なんとか頑張って行けそうです。

まだまだ子育てスタート地点。

波乱万丈な子育てエピソードはどんどん増えるだろうけど、やっと笑顔で子供に向き合える日々を得られました。

著者:ちか

出会ったばかりの彼の海外赴任が決まり、2回のデートで結婚することに。結婚式もまだ挙げてない、でも出産は経験済の初心者ママです。よろしくお願いします。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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