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吉田修一「嫌でしょうがないけど、書かずにいられない」

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書きたいのは犯罪ではなく、そこにいる人間

最新作は『犯罪小説集』。いかにも物々しいタイトルである。

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映画がヒットして、原作にも再び注目が集まっている『怒り』を始め、『悪人』や『さよなら渓谷』など、過去にも犯罪をモチーフにした小説をいくつも執筆しているが、吉田修一さんは決して犯罪そのものを書きたいわけではないらしい。

「そこにいる人間の話を常に書きたいと思っています。わかってはいることだけど、世の中には本当にいろんな人がいるし、探せば探すほどいろんな人が出てくるような気がして」

世の中にはいろんな人がいる、というごく当たり前の事実を流さずに、とことん追求してしまうのが、小説家の性なのだろう。本作に出てくるのは、少女の失踪をきっかけに、隣人に対して疑心暗鬼になってしまう人たち、痴情のもつれで殺人を犯してしまうスナックのママ、大企業の御曹司でありながらギャンブルに溺れ、多額の借金を抱える男…。収録されている5つの短編で起こる事件は、どこか聞き覚えがあるようなものばかり。

「『怒り』のような長編を書き終えたときに見えるものと、今回のような短編をいくつか並べたときの景色は違う気がして、それを見てみたかったんです。『怒り』は千葉と東京と沖縄が舞台になっているのですが、本当はもっとたくさんの場所の話を盛り込みたかったというのもあります。それこそ日本全国で同時に起こっているようなことを書ければいいなあと思っていて、『怒り』でできなかったことを形を変えてやろうとしたのが、この作品なんです」

実際に起こった事件から着想を得ているのだが、最初に編集者から小説のテーマになりそうな事件のリストを作ってもらい、そこから取捨選択するというある種の受け身を取ったことで、普通であれば興味を持たないようなテーマにも挑戦できたという。ただし事実が元ネタであることは、吉田さんにとってひとつのきっかけに過ぎなかった。

「書くことのモデルがほしかったというより、場所がほしかったんです。実際に起こった事件を手がかりにして、場所を探したというか。土地が持つ力の強いところを探したかったのかもしれないですね」

だからこそ、実際の事件に物語が引っ張られることはなかったものの、事件の起こった場所を訪れてイメージが掻き立てられた。

「『青田Y字路』という短編の舞台になっている、少女が失踪したY字路に行ったのですが、事件からすでに十数年経っていて、不審者に気をつけるよう注意を促す看板がかなり錆びていました。それを目にしたとき、十数年という時間の経過がはっきりと見えて、自分がこの作品で書くべきものがわかったんです。実際にあの場所に行かなければ、生まれなかった感覚ですね」

本作に登場する“いろんな人”は、当然ながら最初から罪を犯そうなどとは思っていない。日々流れてくる凄惨なニュースに、我々と同じように眉をひそめているような人だったはずなのに、やむにやまれず自分がその犯罪者になってしまう過程や、事件の周辺にいる人たちの姿は読んでいて苦しくなる。それを生み出す吉田さんの精神状態も、やはり穏やかとはほど遠かったようだ。

「物語の世界のなかに自分がポーンと入ってしまうような書き方をしていたので、本当につらかったです。たとえば『青田Y字路』のときは、孫娘がいなくなってしまったおじいちゃんとおばあちゃんと毎日一緒に暮らしているように錯覚して、家で猫に餌をあげたりしているときも、常に女の子のことを考えているんです。その次に『百家楽餓鬼 (ばからがき)』を書いたときは、十数億円の借金を背負っている夢で毎朝目が覚めたりして…。3編書いた時点で精根尽き果てて、本当に力が入らなくなってしまい、1カ月休ませてもらったんです。最後に書いた『万屋善次郎』なんて、人間として物語のなかにいることすらつらくなって、飼われている犬になりきっていましたからね(笑)」

罪を犯さざるを得ない人たちを描くのは、彼らの弱さに目を向けること。そしてそれは、自分自身の内面に深く潜っていく作業でもあった。

「この作品を書きながら、自分がダメ人間だったことを強烈に思い出したんです(笑)。彼らの弱さとか、どうしようもなさみたいなところは、他人のことを書いている感じがまったくしなかったですし、共感なんていうレベルじゃなく、自分自身と同じダメ加減だったんですよね。それを思い出してしまったことも、いろんな意味でつらかった(笑)」

息継ぎができないところは変わっていない

吉田さんはちょうど10年前、『R25』の姉妹誌『L25』にエッセイを連載していた。話のネタにと持ってきた記念すべき第1回のエッセイの内容は、原作を担当した映画『7月24日通りのクリスマス』の完成披露試写会での出来事。びっしりと詰まった文字を見て、思わぬ真実(?)に気づいたようで…。

「これ、どう見てもエッセイの改行のしかたじゃないですよね(笑)。息継ぎが全然できてなくて、こんなの誰も読みたくないですよ! たぶんエッセイの連載が初めてで、肩に力が入っていたんでしょうね。『犯罪小説集』も最初からこんな感じでグワーッと行っちゃったから、休ませてもらうことになっちゃった(笑)。こういうところは変わってないですね」

30代だったその頃と、40代後半の現在とで、小説家として変わったことがあるとするならどんなことだろう。

「ちょうどこのエッセイを連載していたくらいに、『悪人』を書いているのですが、その頃から自分で物語を作るというより、今みたいにその世界に入って書くようになった気がします。そういう意味で、書き方は全然違いますね。『悪人』を書き終えて間もない頃はよく、『登場人物の声が聞こえるんですよ』みたいなちょっと気持ち悪い言い方をしていたんですけど、今の感覚にかなり近い。ただし最近は、声が聞こえるだけじゃなく、一緒に生活しているみたいな感じですけど。嫌で嫌でしょうがないですよ(笑)」

と言いながらも、『犯罪小説集』をシリーズ化したいと思っている。小説家は、難儀な職業だ。

兵藤育子=取材・文/稲田 平=撮影

(R25編集部)

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※コラムの内容は、R25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております

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