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今生まれてしまうと流産に…「子宮頚管無力症」で緊急手術!成功率50%で起きた奇跡に感謝

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次男を妊娠中、22週を迎える直前で私は大学病院へ緊急搬送されました。

異変に気付いたのは搬送される2日前。

茶色のおりものが下着に付き、次の日には10分間隔のお腹の張りが5回ほど続きました。

そしてその後、ピンクのおりものが出たため、私は通っていた産院で診察を受けることにしたのです。

内診を終えた産科医が私に向かって、信じられない言葉を発しました。

「子宮口が2cm開いて、赤ちゃんが包まれている膜が見えている状態です。いつ破水が起こってもおかしくないし、出産が今すぐ始まる可能性もあります」

医師の言葉に私はただただ呆然となり、返事を返すことが出来ませんでした。

「ですが、今はまだギリギリ21週です。今生まれれば流産となります。もしあと1日もって22週に入ってから生まれたとしても早産で、赤ちゃんに何らかの障害が残る可能性がかなり高いです。…赤ちゃんをどうするか決断しなければなりません」

私は産科医の唇の動きをジッと見つめていました。

「この医師は一体何を言っているのだろうか?赤ちゃんをどうするか、って何?このまま流産させることも考えた方がいいと言っているの?赤ちゃんにはもう会えないってことなの?」

頭の中で色々な感情が溢れ出したかと思うと、途端に思考回路が真っ白になりました。

そして涙が私の頬を伝いました。

助産師さんが私の手を優しく握ってくれたのですが、その温かい手がなぜだかとても悲しくて、さらに涙が溢れました。 関連記事:臨月、子宮口を縛った糸が取れないハプニング!そのとき外科医の主人が言ってくれたこと

そうして私は大学病院へ救急搬送されることに。

救急車の中で私は、「一体自分が何をしたのだろうか、自分が動きすぎたせいなのかな…」そんなことばかり考えていました。

大学病院に到着後、すぐに診察に入り、産科医から説明がありました。

「恐らく子宮頚管無力症です。自覚がなく子宮口が開いてしまって、赤ちゃんが下がってきてしまうという症状です」

「子宮頚管無力症」…聞いたことくらいはありました。

恐ろしい病気があるものだなぁと、第一子を妊娠中に人ごとのように思っていたことを思い出しました。

「赤ちゃんの入っている袋を子宮の中に戻して、子宮口を閉じるという子宮頚管縫縮術を行えば、赤ちゃんを助けられるかもしれません」

産科医の言葉に私は驚きを隠せませんでした。

てっきり「赤ちゃんは諦めなければいけない」と言われると思っていたものですから、暗くなった目の前に、パァッと希望の光が灯ったように感じたのです。

「お願いします!手術してください」

しかし、産科医は少し難しい顔をしていました。

その表情に再び不安を覚える私。

「ただし、成功率は50%です。まず手術中に破水する可能性があります。手術が成功したとしても手術したことで子宮が刺激され、陣痛が始まる可能性もあります。また、手術したことによって感染等を起こし、破水する可能性も大いにあり得ます。危険と隣り合わせになりますが、どうされますか?」

私はほとんど何も考えず、即答しました。

「だけど、赤ちゃんを助ける方法は他にないですよね?!お願いします!手術してください!」

産科医は私の言葉に強く頷いてくれました。

「分かりました。今すぐ緊急手術の準備をします」

なんとか無事に手術は成功し、その後危ない状態が何度も何度もありましたが、次男は32週で出産に至りました。

結局早産となりましたが、ここまでもったことが奇跡だと、たくさんの医師に言われたものです。

私は第一子の妊娠中は子宮口が勝手に開いてくるということはありませんでした。

子宮頚管無力症の場合、普通は第一子からその症状は起こるとのこと。

2回目の妊娠から子宮頚管無力症の症状が出ることは稀なようでした。

子宮頚管無力症は数百人に1人の割合で起こる病気で、再発の可能性も極めて高いそうです。

正直「なぜ私が?」という思いは、どうしても拭いきれません。

しかし、流産に至ってしまう場合も多い中で、無事に次男を出産出来た奇跡に、私は心から感謝しています。 関連記事:子宮口が開かないように紐で縛る「子宮頚管縫縮術」。抜糸の痛みは産科医の腕次第!?

著者:かつどん子

年齢:30代

子どもの年齢:3歳・2歳

男の子2人のママ。毎日元気に走り回っている2人を後ろから必死に追いかける日々。趣味はドライブと食べること。週末は美味しいものを求めて家族みんなでお出掛けしています。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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