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結局「裏原宿」って何だったの? 東京カルチャーの変遷をひも解く

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 時代と共に移り変わってゆくファッション。なかでも、渋カジ、バイカー、モッズ、ダンサー、スケーターなど、ファッションが細分化され、さまざまなスタイルが入り混じった1990年代のメンズファッションにおいて、世紀末に巻き起こったのは”裏原宿”という一大ムーブメント。表参道や明治通りといった大通りに比べ賃料の安かった、原宿の裏通りの一角にひっそりと店を構える、小規模でインディペンデントなブランドたちがストリートを席巻しました。

 1976年から現在にいたるまでの、ファッションを中心とした東京のカルチャーの変遷を、ときに音楽などの分野をも横断しながら追っていく、本書『WHAT’S NEXT? TOKYO CULTURE STORY』では、この裏原宿という現象を”黎明期(1990〜1995)”、”隆盛期(1996〜2002)”、”衰退期(2003〜)”に分類。そのムーブメントを分析しています。

 1990年に、裏原宿を象徴するブランド”グッドイナフ”がスタートしたのを機に、1993年に”NOWHERE”や”A BATHING APE”、1994年に”NEIGHBORHOOD”や”HECTIC”、1996年には”WTAPS”や”NUMBER (N)INE”などの人気ブランドが次々と誕生。

 まだ20代の若者が、大資本に頼ることなく立ち上げたこれらのブランドは、「生産体制も大手アパレルブランドのような多品種・大量ロットではなく、少品種・小ロットが基本。ビジネスとしてはあくまでも小規模なものだった」(本書より)といいます。

 しかし、この少品種・小ロットであることが希少性、プレミア性に繋がり、価格高騰を引き起こすことに。1枚のTシャツのために長蛇の列ができたり、発売日の翌日には、定価の数倍の価格で取引されることも。1993年当時は、トップスに裏原ブランドのアイテム、ボトムにヴィンテージのデニム、足元はコンバースのワンスターを合わせるのが最先端のスタイルだったそうです。

 マイナーな存在だった裏原宿がメジャーな存在へとなったのは、雑誌によるところも大きかったのだそう。1994年に”asayan”、1995年に”COOL TRANS”、1996年に”smart””GET ON!”、1997年に”Street Jack”といったファッション雑誌が創刊されると、これらの雑誌は裏原宿系のブランドを積極的に取り上げ、ブームを後押し。さらには、「つくり手であるクリエーターたちは、ストリートファッション誌だけでなく、新聞やテレビといったマスなメディアにも取り上げられるようになり、それが裏原宿という現象を広く世間に知らしめる」(本書より)ことになったのだといいます。

 そんな裏原宿というカルチャーも、2000年代の中頃以降、次第に勢いを失うことに。大資本による買収や倒産も相次ぎ、衰退期を迎えることになりました。

 この40年間、東京のカルチャー・シーンでは何が起こってきたのか。その概要を掴むことのできる、読み応えのある一冊となっています。

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