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ばあちゃんの心の底からの抵抗にありったけの反抗で応えたはなし

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「介護拒否がありました。」
「今日は抵抗が強いです。」

介護現場で働いていると、よく耳にする言葉です。

入職当時の私だったら、似たようなことを思ったり口にしたりしたかもしれません。でも、その言葉で終わらせていたら、今回お話するような発見は絶対にありませんでした。やっぱり、どんなに慣れようが、関係性は創り続けるものだと思います。

ということで、入浴介助のときの出来事についてお話しますね。

私とばあちゃんは他人同士

よく考えると、ばあちゃんにとったら私なんてどうでもいい人。むしろ、なんで一緒にいるのか分からないかもしれない。そんな人と一緒にお風呂に入るなんて恥ずかしいし、あり得ない。それが当たり前だと思います。

その日もばあちゃんは、「自分の家で入ってくるからいいよ。」「あんたにやってもらわなくたって自分でできるよ。私はずっとなんでも1人でやってたんだから。」って言っていました。私は、「うんうん、本当にそうですよね。けど、娘さんからお願いされています。だから今入らないといけないの。」くらいしか言えません。完全に、仕事を人にやらされてます。(そういうときの自分が大嫌いです。)

さらに、その日の入浴の時間はお昼の2時過ぎ。家にいてもお風呂に入る時間ではないだろうし、入りたい気分でもなかったと思います。

何もできなかった以前の私

まあまあ、と、なんとか話をしながら浴室に着き、私は「お風呂に入って欲しい」ことを伝えながら、勝手に服を脱がしはじめました。もちろんその時ばあちゃんは、「やだよ、脱がされたら寒いよ。」ってハッキリ言います。私は、「ごめんね。早く温かいシャワーを浴びよう。」と言いながら動作を続けます。

ばあちゃんの頭を洗うためにシャワーをかけた瞬間、ばあちゃんは、自分の頭を叩きながら、「あ”ーーー!殺そうとしてるんでしょ!あ”ーーーヤダヤダ!!」と繰り返し叫びはじめます。「みんなこうして面白がってるんでしょ。」と、何度も言います。

そんなばあちゃんを見るたび、どうしようもできない悔しさでいっぱいになります。ばあちゃんがここで生活を送っている以上、関わっている私以外、誰にも解決できないのは分かっている。以前の私だったら、そのまま落ち着くのを待つだけでした。

真剣だからこその反抗!

でも、落ち着くのを待つだけでは、どこかスッキリしません。きっとばあちゃんも大きなストレスを感じてるはずです。なぜかその日は、私もなにか言いたくなりました。

「私、面白がっていません!!!!」
「○○さん!!!私、絶対面白がってませんから!!!」

とにかくその言葉に対して抵抗するというか、反抗して言い続けました。それも、目に穴が開くような凄ましい視線で。(真剣です)そうしたら、ばあちゃんは一瞬目を丸くして、私を見ながらこういったんです。

「分かってるよ。あんたも仕事でやってるんだからさぁ。いつも仕事してるところを見てるから分かるよ。そんな若い人がこんな年寄りを見てくれるなんてありがたいねえ。ありがとうねえ。」

えっ!?なになに!?!?!?

驚いたのは私の方でした。でも、「やった。やっと通じた!!」と思いました。ばあちゃんに自分自身の存在を認めてもらえてたんだと感じることができました。この仕事をしている上で、この上ない達成感と喜びです。そのころにはすでに、本来の穏やかなばあちゃんの姿に戻っていて、それから叫ぶことは一度もありませんでした。私はこんな驚く体験をした瞬間、次のことを心の中で思いました。

いつまでも、「させられる介護」はしたくない!!ってことです。

初めは他人同士かもしれない。介護もさせられているし、やらされているかもしれない。でも、「介護」を入り口に、他人同士でさらに年齢も違う、生きてきた時代も違う私たちが出会い、一緒に生活を送る。一緒に生きる。「介護者と要介護者」「年齢」を飛び越えた「人間同士」の関係性。

私が目指すのは、「介護」の終わり。

「させられる介護」はもうこりごりだ。

ケア方法は日々更新し続ける

認知症と共に生きる人との関わり方の中で、「その人が言っていることを否定しない」ってよく聞くフレーズです。でも、相手が言うこと話すことを私は全部鵜呑みにすることなんかできないし、こちら側が「それは違う!!」と反抗することで、今回のように相手に想いが通じたケースもあります。

もしかしたら、違うことは違うと言っても良いのかもしれません。だからこそ、普段から関係性を創ろうとし続けることが大事なような気がします。「認知症ケア」は、私と、今私の目の前にいるじいちゃんばあちゃんで、創っていきます。教科書やハウツー本のように留まることはなく、日々、更新し続けます。私もじいちゃんばあちゃんも、“今”この瞬間を生きているから。

現場にいると、私は認知症ケアの最前線に立っているということをたびたび自覚することができます。現場で関わる私たち一人一人が認知症ケアを創り、「認知症になっても大丈夫」って気楽に言えちゃうような世界を創っていきたいです。

わたしはこれからも、のほほんと、愉快なじいちゃんばあちゃんと一緒に生活を送って行きます!

この記事を書いた人

川上 陽那

介護福祉士。2015年に介護福祉士養成校を卒業後、20歳で上京し、都内の特別養護老人ホームに勤務。今年で2年目。2015年11月に都内の介護系イベントに登壇。2016年1月に中央法規出版「おはよう21」の3月号の表紙とインタビューを受ける。2016年3月に公開された、国境を越えた仕事(介護)を描いた映画「つむぐもの」に大きな影響を受ける。現在は施設に勤務しながら、自分が現場で体験していることと世の中の情報とのギャップを埋めるための活動をしている。旅が大好きで、将来は世界で働く「旅する介護福祉士」を目指す。

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