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出産の瞬間、走馬灯のようによぎった不妊治療の日々。我が子の泣き声にあふれた涙

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私は結婚後6年間子供に恵まれませんでした。

結婚当初は、まだ20代前半という事もあって二人の時間を楽しんでいました。

しかし結婚1年後、次第に義理両親からのプレッシャーや、周囲の妊娠・出産報告を受け、「なぜ私は妊娠しないのか?」とだんだん追い詰められていきました。

それでも病院に行かなかったのは、単純に産婦人科に良いイメージがなく怖かったのもありますし、「自分が不妊治療が必要な体だ」と受け入れることにかなりの抵抗がありったからです。

最終的に不妊治療に踏み切ったのは、結婚6年目のことでした。

不妊治療は金銭的にもメンタル的にもとても辛く、痛みを伴う治療もあります。

身を削りながら頑張ったのに生理が来てしまった日は特に落ち込み、涙する日もありました。子供がいない人生を考えたこともありました。

子供を産めないことで、夫婦での衝突や、夫に申し訳なく思うこともありました。

それでも頑張れたのは「主人を父にしてあげたい。だからできる限りのことは頑張りたい。」という思いがあったからでした。

不妊治療が始まり、最初は異常の有無の検査と治療を兼ねたものを行いました。

やはり普通の妊娠は難しいと知ったときは落ち込み泣きもしましたが、逆に吹っ切れたというのもあり夫婦共に治療に臨むことができました。

薬や注射などの手も借りてタイミング治療による治療をして、検査を兼ねたフーナーテストで初めての妊娠に至りました。 関連記事:2年の不妊治療を経て、ついに妊娠判定!嬉しくて泣きながら帰った病院からの道 by カザマアヤミ

最初は薬の副作用かと思っていましたが、だるさや胸の張りなどを感じていたので、ダメ元で検査薬を試してみると、まさかの妊娠反応。

「この検査薬が間違えているだけ?」と思い、2度目の検査薬を使用。

それでも信じられず、夫に話すまでに結局3回も検査をしました。

結果は、全て陽性反応!夫に妊娠を告げると泣きながら抱きしめて喜んでくれました。

私もその時初めて嬉し涙することができました。

ですが、油断は禁物!胎嚢確認ができまではなるべく期待しないように努めました。

妊娠期間中は、どんどん大きくなるお腹の嬉しさと、無事に産まれるか不安な気持ちの間にいました。

予定日を迎えても出産の兆候がなく、41週を越えても陣痛がなかった為、入院しての計画分娩になりました。

1日目にはバルーンの処置を、2日目には促進剤の投与をして、3日前にはおしるし・破水・陣痛がありましたが全く生まれる兆しがなく、緊急帝王切開に切り替わりました。

陣痛中や帝王切開の間、辛くても私がずっと考えて居たのは「これからの三人の生活」と「子供が生まれた後の夫の喜ぶ顔」。それを励みにただ乗りきりました!

だから赤ちゃんの産声が聞こえたときは、夫と私が出会ってから今までのこと、結婚してからのこと、頑張った不妊治療…が走馬灯のように頭をよぎりました。

カーテンで仕切られ子供の姿は見えず、泣き声しか聞こえていなかったのですが、涙が溢れてきました。

ただただ我が子の泣き声が愛しかったです。 関連記事:5年の治療、6度の流産を経て出産。「頭が見えてきたよ」の声に感極まって涙…

著者:花もち子

年齢:26歳

子どもの年齢:0歳1ヶ月

結婚7年目の20代主婦。不妊治療を経て7年目に第一子出産しました。今は慣れない育児に奮闘中です。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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