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不運過ぎるお笑い芸人が歩んでいる数奇な芸人人生とは〜前編〜

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入った事務所が全て潰れ、組んだコンビは全て解散する」という、不運過ぎる芸人人生を歩んできたサンミュージック所属のお笑いコンビ「夕暮れランプ」の後藤さん。関わる人間を不幸にしてしまう体質であるという後藤さんについて、オモプラッタでは、前中後編に分けて後藤さんの身に起きた衝撃的なエピソードを紹介して行きたい。

関わる人間を不幸にしてしまうお笑い芸人

僕と関わる人間は不幸になります。ほとんど」と呟いた後藤さん。本人自身も、とにかく昔から不幸だった。最初はそんな大袈裟なものではなく、よく階段から落ちたりとか、石も何もないのに道端でこけたりとか、そういうささやかな不運が、小さい頃に続いていた。けれども母親からは「死んでないんだから運がいいじゃん」と言われていて、「あ、じゃあ、僕はまだ運がいい方なのかな」とポジティブに捉えていたのだそう。 やがて、芸人始める為に上京すると、その瞬間から不幸がどんどんレベルアップしていった。その中で最も代表的なエピソードが「後藤さんと組んだ相方はみんな芸人辞めている」という恐ろし過ぎるものだった。

コンビを6回解散している

現在27歳の後藤さん。上京したのが18歳の時である為、1年に1人ぐらいのペースで解散してきたことになる。初めて組んだコンビは、事務所に所属し「これでやっとプロ活動ができる!」と喜んでいた次の年に経営破綻で潰れてしまった。「大手芸能事務所の系列だから、つぶれることはない」「結構でっかいパイプがあるから大丈夫だ!」と太鼓判を押されていたものの、その大手芸能事務所がそこを切ったのだという。同じ事務所に嘉門達夫さんが所属していたのだが、嘉門達夫さんが独立するということになり、そのまま経営破綻になって潰れてしまったのだそう。

当時は専門学校に通っていた後藤さん。2年制で、後藤さんたちは1年目で事務所が決まった。なのに、1年目で事務所が潰れてしまった為、他の同期はプロになったにも関わらず、ふたりはフリーになるというとんでもない状態に。その瞬間に相方が「もう、これじゃあ続けられないよ………」と言い出した。そして「フリーは辛いから」と嘆く相方は「海外に留学する」と言って福島に帰って行った。「え、どっちなのよそれ?」と思わずにはいられなかった後藤さんだが、ともあれ、その相方の芸人としての道は、そこで潰れてしまったのだろうと、少し心が痛んだ。

あの事件がここで!?

その後、潰れてしまった事務所にいた後輩と組むことにした後藤さん。後輩のコンビの中に入り込み、トリオを結成したのだが、なんと、しばらくして、もう片方の子が行方不明になってしまった。その彼がいなくなるちょっと前に世間を賑わせていたニュースが、尖閣ビデオが流出したというニュースなのだが、後藤さんは、いなくなった彼の恋人の連絡先を知っていたので、彼女に話を聞いてみたのだそう。すると、どうやらその彼は漫画喫茶に寝泊まりしていたらしくて、その時期にちょうど尖閣のビデオが流出していたらしいのだが、そのビデオが流出した漫画喫茶というのが、彼が泊まっていた漫画喫茶だったのだ。

その為、事件の後に「あいつがやったんじゃないか」という噂が流れたりしたのだそう。当時、後藤さんの周りがそういう風にネタにしていただけなので、信憑性は全くないものの、色々な不幸を経験している後藤さんとしては「もしかしたら」みたいに、つい考えてしまうのだとか………

(【中編】に続きます!)

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記者:

オモプラッタはポルトガル語で「肩甲骨」という意味。 芸人さんが華麗にはばたくための翼を支える肩甲骨でありたい。 それがオモプラッタの理念です。 オモプラッタ編集部は、プロの芸人さんたちが日々生み出している「オモシロ」のカケラを拾い集め、編集して、独自のコンテンツとして皆様にお届けしていきます。

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