ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

24時間の点滴で動けるのはトイレだけ。切迫早産でベッドの上で過ごした3か月間

DATE:
  • ガジェット通信を≫

私は25歳の時に、子宮頸がんを患い手術をしました。

「妊娠は難しいかもしれません」というお医者さんの言葉。

その言葉があったので、妊娠が分かったときはすごくうれしくて周りに報告しまわっていました。主人もすごく喜んでくれていました。

皆さん、出産するときが一番大変と漠然と思っていませんか?私もその一人でした。

手術をしていたこともあり、子宮頚管が短いので流産しやすいと言われました。

簡単な家事のみで安静にするマタニティライフ。

妊娠7か月になったとき、子宮頚管が短くなりすぎていて、このままだと早産になってしまうとの事で、出産まで入院になってしまったのです。

この入院が本当にしんどかった!

24時間の点滴治療で、動けるのはトイレに行くときだけ。

3か月間ベッドの上で過ごしていました。携帯でゲームをしては飽きて、本を読んでは寝て、DVDを見たりと、一日がすごく長かったのを思い出します。

でも、かわいい赤ちゃんに会うためだ、健康に生まれてきてもらうためだと思ったら、しんどかったですが大丈夫でした。(もちろん、家族の協力があってこそ乗り切れたのですが) 関連記事:実は要注意! 初産だと自覚しづらいお腹の張り。妊娠7ヶ月で妊婦生活が急変

入院中は何度もおなかが張りました。入院して1ヶ月したころおなかが10分に一回ペースで張る日がありました。10分に一回というと陣痛で病院に連絡する間隔ですよね。

徐々に痛みも出てきて、お医者さんも慌てていました。

産まれそうになったのです。

しかし、入院していた病院では早産に対する処置ができないとの事で、大きな病院に緊急搬送されました。

不安で「どうかまだ産まれないで!赤ちゃん頑張って!」と祈りました。

しかし収まらず陣痛室へ。不安が恐怖に変わったのを覚えています。

でも心の中で覚悟を決めている自分もいたのです。

「産まれるのなら私も赤ちゃんと一緒に頑張らなくちゃ!」と。

陣痛室に移り、張りが3分間隔になったころもっと強い点滴に変わると、めまいはするし吐き気はするし目がかすみ意識は朦朧としていました。

眠ってしまったか意識を失ったかわかりませんが、午前中に搬送され気づいた時には夜中の2時。分娩室からは出産中の声が。

看護師さんから、「張りも落ち着いて峠を越えたので安心してください」と言われホッとしました。

今までの人生で一番ホッとした一言だったと思います。

早く赤ちゃんに会いたいという気持ちもあり、少し残念だった自分もいたけど、やっぱり早産は赤ちゃんにとってリスクが高く、避けなければいけません。

ひやっとした出来事でした。

でも、不思議なことにすぐにでも産まれるかもしれない状況だったのに、正産期に入っても一向に産まれる気配がなく、出産予定日間近になっていました。

今までは「まだ駄目だよ」とおなかに声をかけていたのに、「早く産まれてきてね」と声をかけるようになっていました(笑) 関連記事:絶対安静で張り止め服用…からの、予定日9日遅れで促進剤。長くお腹にいたかった訳は?

そんなマタニティライフでしたが、無事に予定日2日前に出産することができました。

産まれてわが子を抱いた時には涙が止まりませんでした。痛い思いをして会うわが子は本当に天使のようです。

二人目も切迫流産と切迫早産で安静第一のマタニティライフでしたが、無事予定日ちょうどのスピード安産でした。

出産の痛みに耐えられるか不安だとか今現在同じような状況にいる方。

大丈夫です!女という生き物は本当に強いです。

怖い、不安と思っていてもいざその場面になると不思議と冷静になり強い気持ちになることができるんです。この体験が少しでも皆さんの励みになればなと思っています。

著者:えりぽんず

年齢:29歳

子どもの年齢:2歳・8ヶ月

毎日子育てに奮闘する2児の母です。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

関連記事リンク(外部サイト)

妊娠7か月目に突然激しい腰痛。慌てて産院に行くと、そのまま入院、安静生活に!
妊娠期間のほとんが絶対安静。トイレまで看護師さんのお世話になる生活でネガティブに…
30週で破水

赤すぐnet みんなの体験記の記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP