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ジェニーの飛翔、ジュリアの彫刻

ジェニーの飛翔、ジュリアの彫刻

 ケイト・ウィルヘルムはホラーからミステリまで幅広い傾向を手がけているが、日本のSFファンにとって印象深いのは『鳥の歌いまは絶え』(邦訳はサンリオSF文庫)など、SFのシチュエーションのなかで展開される内省的な人間ドラマだろう。深刻なテーマと複層的なプロット構成のため大向こうに受けることはないが、いっぽうで熱心なファンの支持がある。この日本オリジナル短篇集『翼のジェニー』が実現したのも、その熱心なファンたちの努力があればこそだ。

 ウィルヘルムに馴染みのない読者にも入りやすいよう編集に神経が行きとどいている。パッケージはcocoによるキャラクターの立った装画、訳者のひとり尾之上浩司の包括的な解説、そして、軽い作品からはじまり重い作品へと向かう収録作の配置。

 巻頭に置かれたのは表題作「翼のジェニー」。ぼくは〈SFマガジン〉に初訳が掲載されたとき(1975年)に読んでいたが、こんかい読み直してだいぶ印象が変わった。世の中に知られぬようひっそり暮らしていた翼人の娘が、普通の青年に恋をして悩む。特別な能力を備えたマイノリティを主人公にした物語はこれまで数限りなく書かれてきた。また、尾之上さんが解説で述べているように「ロマンティック・ファンタジイとして完結しているところがとても心地よい」作品でもある。しかし、そこに至るまでの過程がけっこう生々しい。

 ジェニーが生まれたとき、母親と医者は翼を切除しようとしたが、祖父がそれを押しとどめた。父親が死に母親が出奔したあとはジェニーの身内はこの祖父だけであり、彼はジェニーが飛べることを誇りにした。しかし、ジェニーは自分の翼が友だちに知れると大騒ぎになることを経験的に学ぶ。学校にも通えないため、知識は本を読んで独学で身につけた。しかし、いつまでも隠れて暮らせるわけがない。

 ジェニーは信用できる伝手をたどって、医師のリンドウィストを訪ねる。翼を取ってくれというのではない。彼女が医師に相談したままの言葉を書き写すと、こうだ。「どうやったら、私あれができるんでしょう。このいまいましい羽が、何かにつけてじゃまになるんです」

 ジェニーには想い人がいた。彼女が空を飛んでいたとき、山腹で事故を起こし立ち往生していた青年スティーヴを見つける。彼の命を助けるために、ジェニーは翼の秘密を明かすが、スティーヴはそれを知ったうえで彼女に優しく接してくれた。たちまち、ジェニーは恋に落ちてしまう。そんなジェニーの相談に対し、医師は「愛することと、のぼせあがることの違いがわかるかい。春が、美しい孤独な女の子になにをするか、きみは考えたことがあるのかい」と問う。

 物語はその先に二転三転があるのだが、ジェニーがあさはかに恋をするところも含めて、自分の気持ちに素直で行動的なのが好ましい。翼という無垢なイメージをかぶせて対象化される少女などではなく、確かな生命と欲望を備えた存在がそこにいる。

 巻末に配された「エイプリル・フールよ、いつまでも」も、生殖がテーマのひとつになっている。ただし、作品のおもむきは「翼のジェニー」とは大きくことなり、尾之上さんは解説で「長篇に通じるテイスト」と評している。

 視点人物はひと組の夫婦だ。
 妻のジュリアは彫刻家だが主婦として家事もこなしている。これまで二度妊娠したがいずれも死産になり、そのことが頭から離れない。ひとりで家にいると、赤ん坊の泣き声が聞こえてくるのだ。

 いっぽう、夫のマーティはかつて大学教員だったが、ジュリアの芸術活動を支えるべく研究の道を諦め、いまは実入りの良い放送局の科学部門を担当している。上司で目端の利くボイルと雑談をしているとき、スミサーズという科学者が取り組んでいたRNAの合成技術が話題になる。マーティは以前にスミサーズについて取材をしたが、けっきょく番組になることはなかった。そのときの資料は引きだしに眠ったままだ。

 ジュリアもマーティもいつもと変わらぬ日常を生きている。読者は自分の生きている世界と地続きのように思って読み進めるのだが、しだいにそうではないことがわかってくる。異常なシチュエーションをじわじわ明かしていく、ウィルヘルムならではの手つきだ。じつは世界中に疾病が蔓延しており、公式な発表こそされていないがひとびとは致死率が上昇していることに気づいている。ワクチンを開発するよりも早く、変異を繰り返すウイルスのしわざだ。

 世界は徐々に疲弊していく。統計的にみれば死亡する人間の数が異常に増えているのがわかるが、生きている人間ひとりひとりの感覚としては日常が崩壊するほどではない。政府や科学者の共同体は問題が顕在化する前に、なんらかの手段を講じようとしているらしい。ウィルヘルムはそれを限定された視点から描いていく。

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