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末期癌の医師・僧侶が語る空海「重々帝網名即身」の解釈

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 2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見され、余命数か月であることを自覚している医師・僧侶の田中雅博氏による『週刊ポスト』での連載「いのちの苦しみが消える古典のことば」から、「空海」の「重々帝網名即身」という言葉の解釈を紹介する。

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 弘法大師空海の著作『即身成仏義』の中に八句からなる「即身成仏」の詩文があります。その四番目の句が「重々帝網名即身」です。

「帝網」は帝釈天の珠網です。『華厳経』では、帝釈天の宮殿を装飾する網の各結び目には珠玉がついています。各々の珠玉の表面は鏡のように他の珠玉を映し合っています。これらの珠の一つが自分自身であり、他の無数の珠の各々が仏陀の身であり、また衆生(多くの人々)の身に対応しています。自身・仏身・衆生身の三つが平等(自己執着を捨てた状態)ということを表しているのです。

 空海は、この「重々帝網」という譬喩で、「即身」という状態を示したのです。現代であれば、帝網に代わってインターネットが譬喩として使われるでしょう。世界中に張りめぐらされたネットワークは無数のサーバーで繋がっています。そして各端末から発せられた情報はたちまち世界中に拡散されます。

『華厳経』は、様々な作家に影響を与えてきました。宮沢賢治さんの児童小説『インドラの網』(インドラは帝釈天の梵語)では、「空のインドラの網のむこう、数しらず鳴りわたる天鼓」と、帝網に天の太鼓の響きが重なっています。そして物語の場所は華厳経が編纂されたコータン(かつてシルクロード沿いにあった仏教王国)に設定されています。

 華厳経の最後にある「入法界品」は、善財童子(善い財宝という名の少年)が曼荼羅に入る旅の物語で、南へ向かって53人の善友を訪ね歩きます。これに因み、江戸時代に東海道五十三次は江戸(穢土)から京(浄)への旅と解釈されました。

 ミヒャエル・エンデは華厳経を読んで児童小説『ネバーエンディング・ストーリー』を書いたようです。彼は鈴木大拙の著作を愛読したと言っています。鈴木大拙は華厳経を英訳して出版しました。エンデはドイツ人ですから、土井虎賀壽のドイツ語訳華厳経も読んだかもしれません。

 ネバーエンディング・ストーリーは、一人の子供がファンタジェンという空想世界(仏教でいう「空」の世界)に入る物語です。華厳経の曼荼羅の世界を想定したと思われるファンタジェンという言葉は、ミヒャエル・エンデが古代ギリシャ語のファンタジア(空想)から作った造語でしょう。

 子供が本を読まなくなったせいで、理想世界であるファンタジェンが「虚無」によって破壊されていく。これを阻止するために、アトレーユは一人の子供をファンタジェンに引き入れます。

 華厳の世界では一人が一切なのです。この物語は映画化されました。そのキャッチ・コピーの一つが「失われつつある理想を復活する為に」というものでした。その理想が、日本を経由して西洋に伝わった華厳の理想であることを、この映画を観る日本の子供たちに知ってほしいと思います。

●たなか・まさひろ/1946年、栃木県益子町の西明寺に生まれる。東京慈恵医科大学卒業後、国立がんセンターで研究所室長・病院内科医として勤務。 1990年に西明寺境内に入院・緩和ケアも行なう普門院診療所を建設、内科医、僧侶として患者と向き合う。2014年10月に最も進んだステージのすい臓 がんが発見され、余命数か月と自覚している。

※週刊ポスト2016年10月28日号

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