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シンプルで清々しい50の短編〜松田青子『ワイルドフラワーの見えない一年』

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「おもしろい小説を書く作家のエッセイがおもしろいとは限らないが、おもしろいエッセイを書く作家の小説はほぼ例外なくおもしろい」、この私の持論についてはそろそろ学会で発表するべきかとも思っている(どこの学会だ)。この学説(学会で発表していないだけで、内容の正しさについてはノーベル賞のブックメーカーにオッズをつけてもらってもいいくらい自信を持っているのだが)に基づいて、さまざまな作家のエッセイ→小説という流れで読んできたわけだ。直近のこととしては、『ロマンティックあげない』(新潮社)という珠玉のエッセイを読んで衝撃を受けたのが松田青子氏。日常における違和感をあぶり出す鋭さ、主に海外スターのゴシップに関するシャープな考察、前面に出過ぎないクールなツッコミに何度感心させられたことか。そんな松田さんの短編が50作も読めちゃうのが本書。1行しかない作品などもあるから、総ページ数は200に満たない。

 笑えるもの、しみじみするもの、元気が出るもの、ひねりが効いたもの、そしてよく意味がわからないものと、さまざまなテイストの作品が並ぶ。どれも素晴らしいのだが、マイベスト3を選ぶとしたら「ボンド」「ベティ・デイヴィス」「ハワイ」かな(「ボンド」と「ベティ・デイヴィス」はたぶん不動。その日のコンディションによって、「スリル」か「文脈の死」か「TOSHIBAメロウ20形18ワット」が入ってくるかもしれない)。いちばん笑ったのは「水蒸気よ永遠なれ」だけど。最高。ほんとうはひとつひとつの作品についてもっと語りたい。が、何を言ってもネタばらしになりそうだしなるべく予備知識なしに読んでいただきたいので、涙をのんで己の饒舌さを封印する(1行しかないような作品については、手短なコメントですませようとしても結局本文より長くなってしまうという逆転現象も起こりそう)。この本はすごく読書会向きかも。他の読者のベスト3を聞いてみたいし、どんな感想を持ったかを教えてほしい。

 個々の短編について詳細に語るのは難しいとして、本書を通して読むことによって清々しいなと感じられたことがある。女性であることの喜びやおもしろみ、生きづらさや理不尽さなどなど、もろもろの感情を潔く言葉にする著者の心意気だ。実験小説っぽくも読める作品集だが、語られているのはごくシンプルでまっとうなことばかりだと思う。女性だけでなく男性もぜひ読むべき一冊。己の性が持つ無神経さと滑稽さに気づくことで、一歩進んで考えられるようになるのではないだろうか(男女ともに、だと私は思っている)。

 松田さんは翻訳家としても活躍されている。『狼少女たちの聖ルーシー寮』『レモン畑の吸血鬼』(ともにカレン・ラッセル/河出書房新社)なども話題の作品だ。『ワイルドフラワー〜』を読んで「岸本佐知子さんの翻訳小説と近いものがある」と思ったので、海外作品と親和性の高いテイストを持ち合わせておられる作家なのだろう。アグレッシブかつ端正な小説、ユニークな味わいの翻訳書、テイラー・スウィフトの動向に敏感なエッセイ(私もわりとテイラー好きなので)を、今後とも期待しております。

(松井ゆかり)

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