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広島を訪れた古谷経衡氏 「滾る地元愛に胸が熱くなった」

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 野球には全く興味がない。ルールさえわからない。そんな評論家の古谷経衡氏が9月11日、広島市に向かった。前日10日夜、広島東洋カープが読売巨人軍を下し史上7度目の優勝を飾ったからである。折しも米同時多発テロが世界を震撼させた「9.11」から15年目を迎えるその日、広島はカープの赤色で真っ赤に燃えていた。

 * * *
 11日、昼間から広島市中心部の旧広島市民球場後でパブリック・ビューイングが開催されていた。前日に優勝したカープの選手陣は安堵の影響もあってか対巨人戦に惨敗したが、カープの赤いユニフォームを着た多くの広島市民がビール片手に集まっていた。

 カープの躍進とともに、「カープ女子」という言葉が目に付くようになった。カープを応援する地元の若い女性や、そこに地縁のある女子応援団をそう呼ぶ。会場を見渡すと明らかに「カープ女子」と思しき一群に何度も遭遇したので、6組20人に突撃インタビューを敢行した。やはり「カープ女子」というだけあって、全員が地元民か、広島に地縁を持つ女性たちであった。

 好きな選手を聞いたところ、1位・鈴木誠也(外野手)、2位・菊池涼介(二塁手) 、3位、新井貴浩(一塁手)、4位・大瀬良大地(投手)と相成った。野球に疎い私は1位の鈴木がどの程度「凄い」選手なのか皆目見当もつかないのだが、彼女たちのカープ愛は本物であることは確かだ。滾る地元愛に胸が熱くなった。

 熱狂の広島市中心部を尻目に、私は平和公園に向かう。広島に来るたび思うことだが、この市中心部に位置する平和公園の木々の緑を見るたびに、その緑の深さ故に原爆の凄惨さが強調されているように思えて胸が苦しくなる。

 人工的で洗練された公園と原爆資料館の下には、原爆投下前、中島本町という広島市有数の下町の活況があった。爆心地の同町は原爆によって消え去り、現在の公園に至っている。

 折しも来月には巨匠・片渕須直監督によるアニメ映画『この世界の片隅に』(原作・こうの史代)が公開される。被爆前の中島本町がフィルムの中で再現されている作品だ。平和公園の石畳の下を掘れば、かつて人の生きた喜怒哀楽があったことを思うと、原爆の暗黒がいかに巨大であったのかをまざまざと見せつけられる。

 翌日、足を運んだ原爆資料館には、5月27日に訪問したオバマ米大統領にちなむ特設展示コーナーが設置されていた。もう何度目かの原爆資料館の中を彷徨いながら、「オバマコーナー」に至ると拍子抜けであった。もっと壮大な企画展示を想像していたが、壁のパネルが数枚と、ガラスケースに収納された「オバマが折った」とされる折り鶴が2点展示されているのみ。全部見るのに何秒もかからない。

 かつての原爆投下加害者と被害者の対峙。オバマは「核なき世界」を演説して2009年にノーベル平和賞を受賞する。しかし、私が訪れた9月12日は、北朝鮮の5度目の核実験の直後だった。

 入口には北の核実験に対する抗議が掲げられ、広島原爆炸裂からの日数と、最後の核実験からの日数がデジタル刻印される「地球平和監視時計」が設置されている。北の暴挙によってその針の数字はリセットされ、「(核実験後)3日」を刻んでいた。

 オバマは原爆投下を決して謝罪せず、原爆を「空から恐怖が降ってきて」などとまるで自然災害のごとくに形容し、加害者性を希釈化した。謝罪なき訪問に意味があるとは私は思えない。アメリカはまた同じ過ちを繰り返すだろう。原爆資料館におけるオバマの存在は弱々しく、またその扱いの小ささが、この街に漂う無言のアメリカへの抵抗のようにも感じられた。

 西日本有数の大都市として、また戦後、世界に冠たる平和首都として再生した広島の存在感は、日増しに大きくなっている。一方で、被爆を経験した当事者たちは物故となり、記憶の風化が叫ばれている。爆心地の島病院(現在も営業中)の周辺を歩くと、瀟洒な分譲マンションが林立している。現在の広島には、自ら探さなければ物質的な意味での原爆の惨禍はほとんど存在していない。

 しかし、この街には、いまだ多くの被爆二世、三世が暮らし、時を刻んでいる。決して雄弁ではない彼らは、いまなお加害者であるアメリカに対し複雑な心境を、その怒りとも諦観ともつかない感情を抱きながら、さらなる躍動へ向けて跳躍し続けている。「カープ カープ カープ 広島 広島カープ」。 野球に全く疎い私がついぞ口ずさんでしまうこの球団の応援歌のサビに、この街の熱狂と輝ける未来を感じた。「勝て勝てカープ」。広島万歳!

●ふるやつねひら/1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。主な著書に『愛国ってなんだ 民族・郷土・戦争』『左翼も右翼もウソばかり』。近著に『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか』。

※SAPIO2016年11月号

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