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お屋敷町の猫 猫という現象  - マンション騒動記⑩ -

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第10回 お屋敷町の猫

真左子は車で紙野の家に向かっていた。
紙野栄三。近江さんのご主人に会いに行ったとき、理事長の大竹のことを知りたいのなら話を聞いておけと言われた男だ。ダイハツのタントは快調に山手通りを南下していく。初台のオペラシティを過ぎたあたりで渋滞に巻き込まれたがその後はまあまあ順調だった。
空はどんより曇っていて今にも雨が降り出しそうで蒸し暑かった。
エアコンを入れると寒くなったので窓を開けたが、吹き込んでくる生ぬるい湿った風が不快だった。

真左子はハンドルを握りながら「猫を餓死させない方法」について考えていた。
独居老人が孤独死したとき残された猫を餓死させない方法だ。
新品のカリカリの袋を普段から目につく所に置いておけばよいかもしれない。
お腹の空いた猫はいざとなったら袋を引き破ってカリカリを食べるだろう。
しかし、それも解決にはならない。いつかはカリカリもなくなる。
定期的に老人の安否確認をしてくれる人がいればよいかもしれない。
老人が死亡しているのを発見したらすぐに猫を保護するのだ。
しかし、保護した猫はどこへ行けばいいのか?
真左子の知り合いにシェルターをやっている人がいるが、そこで受け入れることができるのは10匹くらい。いつも保護猫で満杯だ・・・。
真左子の思考はそこでストップした。

旧山手通りに入り高架の下を抜けたところでカーナビが「まもなく目的地に到着します」と無表情にアナウンスした。
道沿いに駐車スペースが1つ空いていた。ラッキー。
駐車スペースにタントを滑り込ませ、停める。
無事到着。
エンジンを切って運転席から道路を見渡してみた。真左子が住んでいる辺りとは行きかう車の種類が少し違っていた。やたらにベンツが目につく。真左子の車の前のスペースに駐車しているのは大きなアウディだった。
傍らのパーキングメーターに100円玉を3つ入れて出てきた紙を取り、フロントガラスの内側に貼った。
目の前はマレーシア料理のレストランだった。
紙野の家はここから少し歩く。
家で印刷してきたマピオンの地図をトートバッグから出した。
紙野の家までの道順を頭に刻み込んで地図をしまい脇道を奥に入っていく。
高級そうな低層マンションや住宅が建ち並ぶ地域だった。
数分歩くと損害保険会社の保養寮があった。広い敷地にゆったりと建っている。
こんなに広い敷地で何をやるのか? 散歩をするのだろうか?
60メートルほど進んで小さい十字路を右に曲がった。建ち並ぶ住宅の敷地は真左子の住んでいる街と比べると10倍くらい広かった。
ようやく門柱に「紙野」の表札を見つけた。
真左子は紙野の家の様子を確かめるため道路に面した生垣の前をゆっくりと歩いた。生垣は全長20メートル近くある。綺麗に手入れされてはいなかったが荒れているというほどでもない。背伸びして生垣の中を覗いた。庭の奥に古い平屋の日本家屋があった。築50年以上は経っているだろう。
あまりウロウロしていると近所に人に怪しまれる。
真左子は正面に戻った。
門柱の右側がガレージになっていて薄いグリーンのプリウスが停めてあった。本塗装前の下地のような色にも見えた。
「つくば」ナンバーだった。
なぜつくばナンバーの車がこんな所に・・・。真左子は不思議に思った。

古ぼけたインターホンを押した。
5秒後「はい・・・」という女の声の返事。
「吉崎といいますが」
「今行きますのでお待ちください」
しばらくしてガラガラと木製の門扉が開けられ、色黒の小柄な中年女性が現われた。紙野の奥さんだろう。
「あー、いらっしゃい」 女は顔いっぱいの笑顔でそう言うとくるりと背を向けて真左子を玄関の方へ導いた。
門扉から玄関口まで10メートル以上ある。飛び石が敷いてあり、右側には植木が植えられていた。
以前は料亭だったのではないか。そんな造りだった。
玄関内のたたきは3畳間くらいの広さがあった。
真左子はそこで靴を脱いで廊下に上がり、用意されていたスリッパに足を入れた。
室内は薄暗かった。
廊下の先にリビングがあるようだ。明るい光がこもれ出ている。
女から「どうぞ」と導かれるまま、真左子はリビングに入って行った。
楕円形のテーブルの前に男が立っていた。
大きな丸い顔に眼鏡。ポロシャツの上にカーディガン姿。ゴマ塩頭で歳は50過ぎだろう。
「近江さんから話は聞いています。紙野です。こちらは家内です」 声が異様に大きかった。
紙野は名刺を差し出した。
「吉崎と申します。私、名刺は持っていないので・・・。すみません」 真左子は言った。
真左子は受け取った紙野の名刺を見た。「毎朝新聞 アーカイブセンター」と書いてあった。
アーカイブセンター? 聞きなれない言葉だ。
過去の新聞の整理をしているような部署なのか?
そういえば部屋の中のあちこちにバインダーで綴じられた書類が積まれている。おそらく紙野は書類の整理や調査の仕事をしているのだろう。

サッシの外は生垣に囲まれた広々とした庭だった。さっき真左子が道路から覗いた庭だ。
サルスベリの木と名前の分からない木が1本ずつ植えられていた。
芝生は手入れされておらず、ところどころに土が顔を出していた。
芝生の上に猫がいた。茶トラと三毛だった。
庭には水の入った洗面器が2つ置かれていてた。猫用の水だろう。ゴハン用の皿も2つ3つ置かれていた。
「猫さんが来てるんですか?」 真左子は言った。
「そう、この辺りに6匹くらいいるのよ。今いるのはそこの2匹だけだけど、雨になるとみんなウチで雨宿りするのよ」 奥さんが左側に見えるガレージの屋根の下を指さしながら言った。
「ご近所トラブルはないんですか?」
「この辺、全然ないの、そういうの。猫がいるのは昔っからなのよ」
「よかったですねー」 真左子は言った。

紙野に促されてテーブルに座った。奥さんは右奥のキッチンへ行ってコーヒーを入れ始めたようだった。
正面に座った紙野は言った。
「平成2年に起きた諸実興産事件って知ってますか?」
「・・・いえ、知りません。それが何か・・・」
「まあ、仕方ないですよね。ちょっとマイナーな事件だから。上場企業だから当時はかなり世間を騒がせた事件だったんですけどね」
紙野は古い新聞の縮小コピーを真左子の目の前に置いた。平成2年4月16日の毎朝新聞の朝刊だった。
「諸実興産役員逮捕 4億円手形詐取の容疑」という見出しが躍っていた。
「これ、大竹さんですよ」 紙野が見出しの横の容疑者の顔写真を指して言った。
真左子は突然のことで紙野の言っていることの意味がよく分からなかった。
全身に悪寒が走るまでそう時間はかからなかった。

(続く)

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