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『建設的』に見る日本語ラップ、ヒップホップの夜明けと、多くのフォロワーを生み出した、いとうせいこうのマルチな才能

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先週末の9月30日・10月1日に東京体育館にて、いとうせいこうのアルバム『建設的』発売30周年を記念したコンピレーションイベント『いとうせいこうフェス~デビューアルバム『建設的』30周年祝賀会~』が開催された。氏のアニバーサリーを祝おうと、両日共に数多くのアーティスト、芸人、俳優、タレントたちが参加。その顔ぶれがそのまま、氏の多才さとその影響力の大きさをうかがわせる、盛大なるフェスとなった。フェスに先駆けて、9月21日にはデビュー作『建設的』のCD再発、同作のアナログ盤復刻、“いとうせいこう&リビルダーズ”名義のトリビュートアルバム『再建設的』も発売と、にわかに再評価されている、いとうせいこう。本コラムでもアルバム『建設的』を取り上げて、邦楽史における氏の偉大さを検証してみたい。
『建設的』('95)/いとうせいこう&TINNIE PUNX (okmusic UP's)

平成のポップカルチャーを牽引
いとうせいこうというと小説『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』が芥川賞候補となったことから、読書愛好家にとっては小説家としてのイメージが強かろうし、演劇ファンにとっては伝説の演劇ユニット“ラジカル・ガジベリビンバ・システム”の一員という認識が強いかもしれない。最近の音楽ファンにとっては口ロロのメンバーであろうし、古くからの音楽ファンには高木完と藤原ヒロシのユニット“タイニー・パンクス”とともに本格的に日本のヒップホップを立ち上げたラッパーであろう。また、ある世代より下にはNHKのTV番組『ビットワールド』の“セイコー”とイコールだろうし、みうらじゅん氏と並ぶ仏像愛好家と思われている年配の方もいらっしゃるかもしれない。1980年代半ばから現在までさまざまな分野で活動し続けている、いとうせいこうをひと口で語るのはかなり難しい。強いて言えば平成のポップカルチャーを牽引している人物のひとりということになるだろうか。そのベクトルはラジオを中心に活動しつつ、随筆家や作詞家としても活躍した永六輔氏、あるいはTVタレントでありながら、エッセイスト、評論家でもあった大橋巨泉氏といった昭和の巨匠たちに近い印象もあり、間違いなく氏の名前は歴史に残るものとなると思う。その意味でも、今改めて氏の音源が再発されたのは意義深いし、個人的にはこの機会に“いとうせいこう祭り”に乗らないのはもったいないとも思う。いろんなことをやっている人ならたくさんいる。が、そのいろんなことが愚にも付かないものであればどう仕様もないし、例え多くが上手くいっていたとしても、そのうちのひとつがお話にならなくなって晩節を汚す、なんてこともあるから、マルチな活躍というのは本当に難しい。その点、いとうせいこうの場合、小説は芥川賞候補になった他、その戯曲や随筆も高い評価を得ている上、現在シーンの中枢を成す多くのアーティストたちがラッパーとしての氏からの影響を公言して隠さないわけで、まさしく稀代の才能の持ち主と言える。

本格的な日本語ラップの登場
これは邦楽紹介コラムであるからして、ここからは氏の音楽活動に話を絞るが、とりわけ日本のヒップホップシーンにおけるいとうせいこうの存在感は極めて大きい。日本語ラップの源流は80年のザ・ドリフターズの「ドリフの早口言葉」であるとも、81年のアルバム『スネークマン・ショー』収録の「咲坂と桃内のごきげんいかがワン・ツゥ・スリー」とも、同年の山田邦子「邦子のかわい子ブリっ子(バスガイド編)」とも言われているが、歌い手が意識的にラップに取り組んだのは84年11月に発表された吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」が最初である。ただ、その後、吉氏は演歌歌手として活動していったわけで、ラッパーの先駆けではあったものの、積極的にヒップホップにかかわったとは言いづらい。意識的かつ本格的にヒップホップに取り組み、それをメジャーシーンで表現した最初の音源となると、「俺ら東京さ行ぐだ」とほぼ同時期の85年に発表されたアルバム『業界くん物語』収録の「業界こんなもんだラップ」と言われている。シニカルなリリックをリズミカルに歌唱するというスタイルは当然のこと、トーンを一定に保つラップ特有の発声方法を披露していたり、ヒューマンビートボックスも取り入れていたりと、某有名ラッパーに“日本のヒップホップのマナーが全部ここに入っている”と言わしめるほどの完成度を誇り楽曲だ。この『業界くん物語』をプロデュースしたのが他でもない、いとうせいこう(もともと『業界くん物語』は雑誌の連載コラムで、氏はそれを編集していたのだが、その辺を語るとかなり長くなるので割愛。御免)。「業界こんなもんだラップ」でラップしているのもいとうせいこうである。ちなみに「業界こんなもんだラップ」は9月21日よりデジタル配信がスタート、『業界くん物語』はCD化されて11月30日に発売予定なので、こちらも要チェックである。

「MONEY」と「東京ブロンクス
この「業界こんなもんだラップ」には《俺の名前はJAPPA RAPPA MOUSE No.1 ラッパー in 東京ブロンクス》というリリックがある。この “東京ブロンクス”を具現化し、一楽曲に落とし込んだのが「東京ブロンクス」であり、それを収録しているアルバムが、いとうせいこう&TINNIE PUNX名義で発売された『建設的』である。蛇足ながら説明すると、TINNIE PUNXはともに『業界くん物語』にも参加していた藤原ヒロシと高木完によるヒップホップユニットで、両名も日本ヒップホップを語る上で欠かせない人物である。さて、この「東京ブロンクス」。ヒップホップやR&B系アーティストを輩出してきたニューヨークのサウス・ブロンクスに東京を重ねた上に、《起きたら外は暗いまま 寝過ごしたと思ってドアを開けたら東京はなかった》《崩れたビルから ひしゃげた鉄骨 壊れ果てたブティック》と80年代らしい退廃感を加味した歌詞は今聴いても強烈だ。トラックはピアノとブラスをベースとした比較的淡々とした印象ではあるものの、スクラッチとラップのテンションが異様に高く、どこか鬼気迫る感じがある。デカダンだがポジティブ…というのは適切な表現ではないかもしれないが、今もそんな前向きなヴァイブスを感じさせるテイクである。オリジナルのアルバム『建設的』にはラップ曲がもうひとつある。オープニングを飾る「MONEY」だ。これまたテンションが高いナンバーである。圧しの強いMC、バックトラックの分厚いギターサウンドはRUN-DMCの「Walk This Way」を意識していることは間違いないが、だからと言って決して亜流などではなく、RUN-DMCと時代をともにした者たちの“俺もこういうことがやりてぇ!”感がこれでもかと注入されている印象だ。黎明期ならではのワクワクした空気感も見事にパッケージされている。これを聴いた当時の若者たちが日本語ラップに惹き付けられ、日本でのヒップホップに無限の可能性を感じたことも十分に理解できる熱量がある。

ラップだけじゃない、多彩な楽曲を収録
日本語ラップの始祖2曲が収録された『建設的』はそれだけにとどまらず、バラエティーに富んだコンピレーションアルバム的な性格を持った作品であることも忘れてはならない。『業界くん物語』の流れを汲む高橋幸宏作曲の「なれた手つきでちゃんづけで」は、大瀧詠一へのオマージュが明らか。いとう氏のヴォーカリゼーションもさることながら、サイケ的なストリングスにもしっかりと愛情が感じられるナンバーだ。ファルセットでラバーズロックを歌う「だいじょーぶ」もいい。イントロを聴いただけで名曲を確信させるブラスアレンジは今も色褪せない素晴らしさだ。また、大竹まこと氏をメインヴォーカルに据えた「俺の背中に火をつけろ!!」はKERAの作曲、有頂天の編曲で、シティボーイズ+ナゴムという、いとう氏ならではのブッキングで、80年代サブカル世代にはたまらないものだろう。他にも、86年のフィリピン・エドゥサ革命で大統領官邸であるマラカニアン宮殿から追放されたマルコス夫妻をムード歌謡風に皮肉った「恋のマラカニアン」等、本作はオリジナルではわずか8曲という収録曲ながら、おもちゃ箱をひっくり返したような多彩さがある。この辺には、冒頭でも述べた、現在もマルチに活躍するいとうせいこうというアーティストがあるようにも思う。そして、アルバム『建設的』のトリビュートアルバム『再建設的』で、スチャダラパー、RHYMESTER、サイプレス上野とロベルト吉野、KICK THE CAN CREWといったラップ、ヒップホップ勢のみならず、ジャンルを超えて多くのミュージシャンが参加していることは、今もなお氏の影響力が衰えていない何よりの証拠。音楽家としてのいとうせいこうを知らなかったという人は、是非この機会に『建設的』と『再建設的』とを併せて聴いてほしいと思う。

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