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スタジオジブリ鈴木敏夫「尊重したほうが面白いもの」

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これまでも日本を超えてきた。今回も日本を超えた。

そこは何度もテレビや雑誌で見た場所で、大きな木を軒先に抱いた建物を前にするだけでドキドキするのであった。社内にはピクサーのジョン・ラセターや、『ウォレスとグルミット』でおなじみのニック・パークからのリスペクトを込めたサイン入りパネルが飾られ、屋上には宮崎駿監督が買い求めたというトリケラトプスの頭蓋骨が、鬱蒼とした緑の下に隠れていた。

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そう、ここはスタジオジブリ。

取材の最初に、新作長編映画『レッドタートル ある島の物語』の感想を述べると、「ああそうですか、…それは褒め言葉なのかな」と鈴木さんは苦笑した。

いや、すごい映画なのである。とにかくまず自然の描写が濃密だ。冒頭、男が巻き込まれる大嵐の、画面の上から襲いかかってくる、海のねっとりとした表現の恐ろしいこと! 僕たちが海水浴で知っているような、サラリとした海面ではない。砂のような油のようなテクスチャー。人間なんて小枝が如く翻弄されるしかない、ということを一気に思い知らされる。そして主人公の男はある島に打ち上げられる。とても穏やかな浜辺に、静かに波が打ち寄せる。浜にはすぐ森が迫っていて、岩場があって、真水の湧く泉があって、草原があって竹林がある。島の全貌はにわかにはわからない。男は、圧倒的な自然の中に投げ出され、見ている側も絶望感に苛まれる。

鈴木敏夫さんが苦笑したのは、こちらが「面白いというよりすごいものを見た気がする」と伝えた時であった。

「そうですか、普通の映画なんですけどね(笑)。変なことをやろうと思ったわけではなくて、まったく普通に作りました」

スタジオジブリはこれまで数々の名作を世に問うてきた。『風の谷のナウシカ』(制作:トップクラフト)にはじまり『となりのトトロ』『天空の城ラピュタ』『魔女の宅急便』『もののけ姫』、第75回アカデミー賞で長編アニメーション映画賞を得た『千と千尋の神隠し』、『火垂るの墓』『平成狸合戦ぽんぽこ』『かぐや姫の物語』、あるいは『猫の恩返し』『ゲド戦記』『借りぐらしのアリエッティ』…。“ジブリ”というパブリックイメージはきっとあるはずだ。

今回、『レッドタートル~』を作ったのはオランダ出身のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督。スタジオジブリ初の外国人監督の起用である。

「僕は高畑勲・宮崎駿という二人の監督を中心にいろいろな監督を映画を作ってきたんですけどね、それは日本という枠を超えるかどうかですよね。今回は、文字通りの意味で日本という枠を超えたから、皆さん特別の考えでご覧になるのかもしれませんが…」

いわれてみれば、なるほど、である。高畑勲・宮崎駿が日本の監督で、スタジオジブリが日本のスタジオだというだけなのだ。作り出されてきた映画は、常に世界を相手にしてきた。とはいえ、『レッドタートル〜』は、従来のジブリ作品のイメージとはかなり違う路線の作品に仕上がっている。もしかしたら戸惑う人もいるかもしれない。

「僕は高畑・宮崎以外にも押井守ともやったし、宮崎吾朗、森田宏幸、米林宏昌…そういう人たちと映画を作ってきたのと何ら変わりはないんです。いや、むしろ、例えば押井守なんかはだいたい“ロクでもないもの”ばっかり作ってきたでしょ(笑)。マロ(米林宏昌)は初長編だったし、(宮崎)吾朗に至ってはまったくの新人監督。普通、何かやる場合は期待と不安っていうことがあるでしょ? 今挙げた監督たちの時は不安でしょうがなかったですね(笑)。でもマイケルの作品に関しては、不安がなかった。期待のほうが大きかったんですよ」

面白い作品を作る監督に、面白い作品を作ってもらいたい。

これは鈴木さんがプロデューサーとして原点に返った作品なのだという。

「宮崎駿が『(ルパン三世)カリオストロの城』を作りましたよね。あの映画、見て面白かったでしょ? その人がナウシカを作った。やはり期待が大きかった。その時に気分に似てるんですよ」

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督は、これまでテレビ番組やコマーシャルでのアニメーションや、自身の短編フィルムを作ってきた。僧侶が池の魚を捕ろうと、ひたすら苦労する『お坊さんと魚』(1994年)は、シンプルながら愛嬌のあるキャラクターと、音楽と映像の心地よいシンクロ度合いが素晴らしい作品で国際的にも高い評価を得た。鈴木さんが彼に長編を依頼しようと決めたのは、『岸辺のふたり』(2000年)を見て。この作品は、第73回米国アカデミー賞短編アニメーション映画賞や2001年度英国アカデミー賞短編アニメーション賞などを受賞した。それは、海辺で別れた父を待ち続ける、娘の一生を8分で描き切った物語。

「『Father and Daughter』(原題)…最初見た時にびっくりしたんですよね。すごいなと思って、何がすごいかというと、第一に表現ですよね。アニメーターとして優れている。二つ目には、一人の女性の一生を描くわけですよ。それと三つ目にはね、西洋の人が作っているにもかかわらず、最後のオチが非常に東洋的だったということ。そうすると長編を作ったとしても、この三つの要素が入るんじゃないかと。オファーをして彼から“無人島にたどり着いた男の話”ということを聞いた時に、だったら一人の男の一生を描く“ロビンソン・クルーソーもの”になるんだろうなと思った。そして、そこにはある種の東洋感もでてくるんだろうなと思ったんです」

果たして、鈴木さんの思いどおりに実現されていったという。しかも、アニメーションの表現が素晴らしいときた。最大の懸案事項は、チームワークで作る長編作品に関して「自分だけでやる」と監督が言い出すことだった。なにしろこれまでずっと一人でコツコツ短編を作り続けてきたアーティストだから。でもそれは杞憂に終わった。

「あ、でもね、マイケルの作業工程を追ったメイキングを見たんですけど、毎週末、彼はみんなが描いたものを描き直してましたね。それによってこの映画が実現したんだな、と思いました」

僕にとってはいい仕事でしたね、とニヤリと微笑む。

「何がっていうと、実はもうひとつあるんです。日本で日本の監督とやる時には、当然スタッフ選びから関わるわけです。そこから長い長い“日常”が始まるでしょ? そうすると何が起こるかというと…人間関係がややこしくなる。それから誰と誰とが揉めるとかね、いろいろなことが起こるわけです。今回の場合、それに関わらなくていいっていうだけでどれだけ楽だったか(笑)」

スタジオジブリでどんな映画を作るか、という点も鈴木さんの仕事の大きな部分だが、実製作に入った時のスタッフの交通整理やモチベーションの維持など、ことほどさようにプロデューサー稼業はしんどいお仕事なのである。

「今回も言い出しっぺは僕なんでプロデューサーっていうことになりますけど、従来の作品とは全然作り方は違いましたね。彼が何を作るか待っていればよかったので、それは何年でもよかったんですよ。最近ある人に言われたんですけど、僕って気が長いみたいなんですよ。もっと長くやってもらっててもよかったんですよ(笑)」

才能ある者に作品を作らせるのがプロデューサー。

今回の仕事の大部分は監督からの上がりを待つこと。言い出しっぺではあるけれども、完全にマイケルさんの作りたいことを尊重したという。

「だって尊重した方が面白いもの。映画作る時にね、自分が考えているものを誰かに押し付けてやらせるほどつまらないことないでしょ? 今回の場合は、そこの意外性というよりは完成する着地点がよくわかってましたけども(笑)。と言っても、とくに注文なんてないですよ。むしろ向こうからいくつか助言を求めてきたことがあって、それに対して僕らが応えるっていうやり方でしたね。細かいポイントは忘れちゃったけど、映画の中盤で女性が自分の甲羅を海に流し、男が筏を流すくだりがあります。実際できた映画は、甲羅を流してそのあと筏を流すんです。それに対して、両方同時に流したほうがいいんじゃないか、とかいろいろあったんですよ」

“女性が甲羅を流す”という不思議な表現がサラリとなされているのはご容赦ください。ぜひとも映画を観てください。鈴木さんが指示したのは、女性が甲羅を流し、ついで男が筏を流すという構成。

「僕はあのシーンが好きだったんだけど、“あなたはどこかへ行きたいかもしれないけど、私はここに踏みとどまるわよ”という意思表明で、これは女からのプロポーズでしょ、これはいいじゃないですか(笑)。男はそれに従うわけでしょ。現実はみんなああでしょ。世の中の男女は大概、女性の方が主導権を握っている。それをそのまま描いてるんですよ」

この映画、実製作は約3年ということだが、資金調達を含め完成までに8年かかった。8年もひとつのプロジェクトをコツコツと進めていくというのは、やはり部外者にしてみれば驚異である。でも、鈴木さんはこのことに関しても「普通」と答えた。高畑勲監督の『かぐや姫の物語』はやはり8年かかっているし、宮崎駿監督の『となりのトトロ』も「作ろうって言い出してからは10年かかった」という。やはり、鈴木敏夫プロデューサーが脈々と続けてきたスタジオジブリのものづくりは、たぶん世間一般の基準と照らし合わせると、たぶん異常に念入りで、異常に丁寧なのだ。

鈴木さんは、徳間書店の編集者として社会人のキャリアをスタートし、自ら記者として多くの原稿をものしてきた時期もあったけれど、アニメ専門誌『アニメージュ』に異動して、熱意と才能がある者は、それが学生アルバイトでも重用してきた。

転機を尋ねたら「宮崎駿に会ったこと」と答えた。ただそれは出版の世界から映画の世界へと鞍替えしただけで、「才能ある人物に何かを作らせたい」というモチベーションはまったく変わらず、ここまで来ているのであった。

これまでのテイストとはまったく違う新作を送り出したことで、もしかしたらこれはスタジオジブリのターニングポイントなのではないか、と思った。だが鈴木さんは、「普通の映画」だと言った。それはもちろん、世間一般ではなく、スタジオジブリの価値観において「普通」。

また今回、才能ある新たな監督の作品を世に出すことになったのだ。それに関しては鈴木さん、「この映画ができて、すごく幸せ」と笑った。

武田篤典(steam)=取材・文/稲田 平=撮影

(R25編集部)

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※コラムの内容は、R25から一部抜粋したものです
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