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『千日の瑠璃』46日目——私は歌だ。(丸山健二小説連載)

 

私は歌だ。

当時は売れっ子だった作詞家と、今でも世渡りの巧い作曲家にまほろ町が大金を積んで作ってもらった、まほろ町の歌だ。役場では三千枚ものレコードを、町民と、酒食を供しなくてはならないほどの利害関係にあるよそ者に配った。そして、《埴生の宿》のチャイムに取って代って、この私が正午の時報を告げるようになった。しかし、半年も経たないうちにふたたびチャイムが復活し、その年の夏にまほろ町を掠めた台風と共に、私はあっさりと忘れ去られてしまった。

ところがきょう、たった今、突如として私は、さながら雨を吸って十年もの仮死から甦る砂漠の生き物のように、息を吹き返したのだ。とりとめもない雑多な思考が無秩序に渦を巻いている世一の青みがかった灰色の脳のなかで、何の前触れもなく、だしぬけに再生した。思うに、灰色が占めていた羽毛全体に青色が広がり始めたオオルリの、瑠璃色のさえずりに刺戟を受けたからではないだろうか。

私に気づいた世一の姉は、驚いて泣くのをやめた。結婚できぬまま松林のなかで死んでいった友を哀しみ、彼女によく似た立場にいる自分を哀しむのをやめた。耳を疑った彼女は、弟の部屋を覗きこんだ。私が間違いなく世一の口から出ていることを知った彼女は、台所へ行って生卵をかけた飯をがつがつと食べ、二時間遅れて勤めに出掛けた。ゆっくりと丘を下りながら、彼女は私を反復した。
(11・15・火)

丸山健二×ガジェット通信

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