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毛沢東が提案の国旗デザイン 反対多く採用されなかった

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 中国の国旗は「五星紅旗」と呼ばれ、そのデザインが赤地の長方形の面の左上の角に5つの星があしらっていることから、その名がつけられたことがよく知られている。とはいえ、その国旗のデザインは新中国建国直前、公募で選出されたことはあまり知られていない。

 さらに、その公募には3000ものデザインが寄せられており、「新中国建国の父」である毛沢東主席も応募していたのだが、敢え無く落選していたことが分かった。香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」が報じた。

 現在の国旗である五星紅旗は1949年7月、経済学者で芸術家でもある曾聯松が、中国人民政治協商会議が行った公募に応じてデザインしたもの。

 これが3000もの作品の中から最優秀作品となり、1949年10月1日、中華人民共和国の建国に際し、天安門広場にこの旗が国旗として初めて掲げられた。

 国旗の縦横比は2:3で、旗を四等分した左上部分を10×15に区画した升目上に大きな星を中心に他の小さな星4つを等分に配置。大きな星の外接円の直径は旗の高さの10分の3、小さな星の外接円は旗の高さの10分の1と定められている。

 星の配置の仕方も、左の角にある大きな星の中心を指すように、4つの小さな星の先端をそろえなければならないのだが、8月のリオデジャネイロ五輪では、4つの星の先端がすべて真上を向いていた国旗が使われ、中国側が抗議し、新たに作り直されるという騒動が起こったことは記憶に新しい。

 ところで、五星紅旗とは別に、毛沢東が作成したデザインは、旗全体は赤地で、左上の角に大きな黄色の星が一つ置かれ、その下に旗の高さの3分の1ほどの高さに黄色の線が一直線に引かれているというもの。

 赤地は共産主義革命を、星は共産党の一党独裁体制を、さらに下の黄色い線は中国の象徴ともいえる黄河を、それぞれ表している。シンプルだが、中国共産党政権ができた経緯をうまく表現しているといえよう。

 ところが、これに反対の意を唱えたのが中国軍の幹部だった張治中将軍だった。張は国民党軍幹部から共産党軍の幹部に転じた軍人で、1949年4月に国民党政府の和平交渉代表団の首席代表を務め、共産党側と交渉し、そのまま共産党政権に身を投じ、蒋介石ら国民党軍とは袂とを分かって北京に残った。

 張は6月の国旗選定の会議で、毛沢東に対して「赤地が共産革命を示し、星が共産党政権を表すことは良いのだが、下の黄色の線は、まるで国家が2分されてしまっているような印象を与えるので、良くない。私は毛沢東のデザインには反対だ」と述べて、毛沢東を納得させたうえで、五星紅旗案が採用されたという。

 これについて、ネット上では「昔は共産党政権も寛容だったのだ。話し合いで決めたことは驚きだ。よく独裁者の毛沢東が張治中を殺さなかったものだ」との書き込みがみられている。

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