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私の心に残った言葉「精神状態が不安定では、抗認知症薬も有効に効かない」

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「下痢の人が下痢止めの薬を飲んでいても、キンキンに冷えたビールを飲んだら下痢は治らないでしょう。抗認知症薬も同じ。精神状態が不安定(イライラしたり、不安だったり)な状態では、抗認知症薬も有効に効かない。」

これは、認知症を診察している医師の言葉です。以前私は、怒ってばかりいる母を薬で落ち着けて欲しいと思っていました。しかし、この言葉のとおり、薬に頼りすぎず、家族や身近な人がご本人と真正面から向き合い、心の声に耳を傾けることで解決できることがたくさんあると思います。

怒ってばかりの母を薬で落ち着けて欲しいと思っていたあの頃

母がアルツハイマー病と診断された当時、治らない病気であることは知っていました。薬で進行を抑えられるのなら、抗認知症薬を飲んで現状維持ができればいいと思っていました。しかし、実際には現状維持は難しかったのです。

私:お母ちゃん!ゴミ、ちゃんと捨てなあかんやん。
母:わかってる。なんで、あんたに言われなあかんのや。自分でやる。
私:自分で出来ひんし、ベランダがゴミだらけなんやろ。はよ、一緒にやろ。
母:あんたの世話にはならん。娘のくせにエラそうや!
私:そしたら、もう知らんしな!勝手にやって。

一人暮らしの母の家のベランダはゴミで一杯になり、毎日喧嘩ばかりの日々でした。

気持ちのはけ口がなく、喧嘩ばかりの日々

当時、私たちは「認知症は恥ずかしい病気」だと思っていたので、どちらも誰にも言わずに隠していました。二人で喧嘩をしても、気持ちのはけ口がどこにもなく、イライラはお互い積もっていくばかり。私には主人など話を聞いてくれる人が数人いましたが、父も他界していて母の話を聞いてあげるのは遠く離れた北海道に住む次女だけでした。私は、いつも母と別れてから罪悪感でいっぱいになりました。

-また喧嘩をしてしまった…お母ちゃんは、ひとりでもっと辛いのに。お母ちゃんは病気なんだから、明日は優しく接しよう。-

でも、次の日顔を合わすと、また喧嘩…本当に2人にとっては辛い日々でした。

「バカ者。親不孝者メ!」

そのうちに、被害妄想や物盗られ妄想が出てきました。私は母が日記を書いているのを知っていて、ふとしたときに見てしまったのですが、当時の母の日記には、こんな言葉が書いてありました。
母の日記です。

「雅美は、私のことがすごくきらいみたい。はよ、いなくなれ、死ねのように私をいじめる。そうか、そうか。そのために何回も医者についてくるし、よくたずねているようだ。私は、言うこときかへんで。バカ者。親不孝者メ!」(2011.3)

「生きててもなあ。認知症あつかいされ、もういややわ。そんなに私のことアホあつかいしたいんか。人に言いふらしたり、やめてえや。」(2012.3.18)

「私のこづかい。40年かかって手にしたお金。雅美 みんなもっていった。なんでやねん!からっぽ」(2012.9.7)

一生懸命やってるのに、なんでこんな風に思うの…?と、涙が溢れたことを覚えています。母は、後に当時のことを思い出し、新聞の取材にこう答えています。

「あれもだめ、これもだめ。娘から怒られてばかりで塀の中に閉じ込められた感覚でした。ボケていくだけで、みんなに迷惑をかけてしまう。お先真っ暗だ。生きがいもない。早く死にたい。と落ち込んでいました。」(2013.10.17東京新聞夕刊)

取材記事です※クリックして拡大

認知症と診断されても、母は病気を患っているようには見えませんでした。私は、アルツハイマー病という病気のうわべだけは知っていたので、それ以上母の病気について知ろうとはしませんでした。

生活面では「病気なんだから、あれもやめて、これもやめて。」と母からいろいろなものを取り上げてしまいました。一方で、母の姿が病人には見えなかったので、認知機能の低下による生きづらさに気付いてあげられませんでした。

薬に頼る前に解決できることがある

当時の母は、「いきなり認知症にしんといてよ。まだまだ何でも出来る。なんで、そんなにあかん、あかんって言うの!」とずっと心の中で思っていたのだと思います。

しかし、母としっかり向き合うことができるようになってからは、本を読んだり、講演を聴いて勉強したり、オレンジカフェや家族の会で悩み相談をしたりして認知症という症状のことが解るようになりました。

「認知症になってしまった母」ではなく、「認知症と共に生きる母」と考え方を変えることで、「出来ないのだから、やってあげている。」という気持ちもなくなり、母の立場に立ったら、どんな風かな?と考えられるようにもなりました。

前回記事:若年性アルツハイマー病と診断された母が利用しているサービスや支援の話

この記事を書いた人

河合雅美

1972年生まれ。夫と二人の娘の四人家族。介護老人保健施設と調剤薬局に薬剤師として勤務。アルツハイマー病の母(要介護2)が同じマンションの別フロアーで一人暮らしをしている。診断当初は、どうしていいのかわからず、母娘でケンカばかりしていた。ある時、母としっかり向き合うことができ、認知症があっても、やりたいことやできることがたくさんあることを知る。現在は、認知症と共に生きる母を前向きにサポートしている。

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