ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

流産後になんのフォローもしてくれなかった夫。このままではいけないと話し合った結果…

DATE:
  • ガジェット通信を≫

初めての妊娠は、34歳になったばかりの頃。健康・体力には自信があり、「妊娠したんだし、普通に出産できるだろうな」と思い込んでいました。

おなかの中の赤ちゃんの成長を考えながら、ウキウキ気分で出かけた健診の日。「あれ?赤ちゃん大きくなってないね」と、先生の一言。

「次の検診までに心拍が確認できなければ、厳しいかもしれない」ということも言われたと思います。

その日以降は、平常心を保つことが難しい状態が続きました。”流産”について、時間を忘れるほどネットで検索したり、おなかの中の赤ちゃんのことがつねに頭から離れません。

妊娠の報告した時は、ニコニコと喜んでいた夫。

それが、流産かもしれないという状況になり、私が不安を訴えると、「そうなの?」程度の反応で、実感がわかないようでした。

「どうせ今は何もできないんだから、普段どおりに過ごしたら?」とも。確かにそうなんだけど…。

真剣に悩む私を軽くあしらって、突き放されたようで、本当にツラく、孤独でした。 関連記事:さっきまで幸せいっぱいだったのに…。待望の第一子がまさかの稽留流産。あの命を決して忘れない

10週目の検診を控えたある日、とうとう残念な結果に…。手術は無事に終了。

麻酔によるものなのかとても気分が悪く、数時間横になっているように病院からの指示が。

迎えに来た夫は、「また妊娠するって」と一言。

そして、「明日姉が来るから、ちょっと遊園地に行くね。ご飯は要らないから大丈夫」。

「はあ???」と思わず大きな声で聞き返した私に、きょとんとする夫。

「どーぞ。行って来れば!」と突き放して、もはやストレス源でしかない夫には、出かけてもらうことにしました。

そして当日、一人っきりの時間。“何もフォローしてくれない夫が理解できない、信じらんない”。

“お別れしてしまった赤ちゃんのことを、少しも気に掛けなかった夫が許せない”。

“妊娠を喜んでくれた時は嬉しかったけど、ただのイベント的な盛り上がりだったのか”。

いろんな思いが胸に去来しました。そして、やはりしっかりと話し合うべきだとの結論に。

その日、夫が帰宅したのは夜でした。

問題をこのままにしてはいけないと、何をどう思って、何が悲しかったのか、ということをできるだけ冷静に伝えました。

真剣な表情で聞いてくれた夫。

最後に、「そうか、ごめん。ほんとに。」と、しっかり目を見て言ってくれました。

その日以来、夫は変わったと思います。

夫婦の関係も、少し変化しました。

お互いを尊重しつつ、言わなければいけないことはしっかり伝え、理解し、絆が深まっていく、ということを繰り返して。

それから1年後、待望の妊娠。

妊娠が判明してからの夫は、積極的に健診に付き添ったり、両親学級も仕事の合間をぬって参加したりして、妊娠・出産というものを理解しようと必死になってくれました。

そして、無事出産。

やっと会えたわが子は、本当に小さく可愛らしく、夫もその姿にメロメロ。

赤ちゃんの顔をみた瞬間から、さらに”パパ度”が増したように思います。

沐浴・ミルク授乳・おむつ替え・寝かしつけ等、一通りのことは、進んでやってくれるようになりました。今では休日は、パパと子どもで近隣の児童館めぐりをしています。「こないだパパ見たよ!」と地域でも評判の子煩悩パパに。

流産はとても悲しい出来事でした。

ですが、あの時逃げずに話し合いをして、本当に良かったと心から思います。

育児はまだまだ始まったばかり。

これからも夫婦でお互いを尊重しつつ、子供のために何ができるのかをしっかり考え、何でも言い合える関係を築いていきたいと思っています。

家族で過ごす時間は、かけがえのない宝物ですから。 関連記事:涙の代わりに満点の笑顔がこぼれた!初期流産後、妊娠に全力で向き合った日々

著者:ゆら

年齢:36歳

子どもの年齢:0歳

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

関連記事リンク(外部サイト)

何人産んでも
二度の流産
使わなかった母子手帳。二度目の流産、ショックから救ってくれた上の子の笑顔

赤すぐnet みんなの体験記の記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP