『とと姉ちゃん』の「青柳商店」でお馴染み、「木の町」深川の今

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『とと姉ちゃん』の「青柳商店」でお馴染み、「木の町」深川の今

NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』に登場した、製材問屋「青柳商店」。川沿いに味わい深い古い家屋が並ぶあのセットを覚えている人も多いのではないだろうか? ドラマの中盤で強い印象を残した「木の町」深川の″今”と″これから“について、木場で三代続いている「三幸林産株式会社」の代表取締役であり、『とと姉ちゃん』では製材指導も務めた馬田勝之さんに聞いてみた。

「木の町」としての機能は、高度経済成長期を経て新木場へと移転

「深川」という地名の起源は江戸時代にさかのぼる。一説では、徳川家康が江戸に入った16世紀末、深川八郎右衛門が江東の湿地開拓を行ったのが、深川の起源と言われているからだ。当初、日本橋で商いを始め、やがて旧木場町に定着した木材問屋たちは、「深川木場問屋」として、江戸の木材問屋の代表格となり、明治時代には組合を組織、大正時代には関東大震災後の復興も支えた。

「青柳商店」の時代は、昭和初期。日中戦争が始まってから、政府による価格統制、官制の木材検査が行われ、やがて木材業が営業許可制となるなど、政府や軍による締め付けが激しくなっていったことは、『とと姉ちゃん』でも描かれていたとおりだ。1945年の東京大空襲で全焼した深川一帯は、木材業の再開を受けて、空襲後の東京の復興を支えながら、次第に「木の町」として再生していった。

ところが、高度経済成長期に入り、東京湾の埋め立てが進むと、「海に近い」という深川の利点がなくなってきた。

「加えて、当時、『13号埋立地』と言われたお台場あたりの貯木場では、台風の度に、木が隅田川を上ってしまっていました。当社のある木場も、街が発展し、住宅などが密集し始めたために、木材の積み下ろし作業が危険になってしまったのです」(馬田さん、以下同)

東京都が主導して、新木場への移転が決まり、1976年には新木場への移転が終了した。三幸林産も、工場を新木場に移し、木場には本社機能を残すのみとなった。【画像1】左:三幸林産三代目社長の馬田さん。会社が設立されたのは1950年だが、木材問屋としての歴史は、それよりも遥か前から続いている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部) 右:1969年ごろ、木材置き場の前で遊ぶ当時2歳の馬田さん(写真提供/三幸林産)

【画像1】左:三幸林産三代目社長の馬田さん。会社が設立されたのは1950年だが、木材問屋としての歴史は、それよりも遥か前から続いている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部) 右:1969年ごろ、木材置き場の前で遊ぶ当時2歳の馬田さん(写真提供/三幸林産)

木材問屋は築地で魚を競りにかけている「大卸」のようなもの

ところで、「木材問屋」は、具体的に何をしているのだろうか? 馬田さんの答えは明快だ。

「築地で魚を競りにかけている『大卸(おおおろし)』と一緒ですよ」

産地(海)で漁師が収穫した魚は、大卸が買い受け、それを築地で競りにかけて、仲卸(なかおろし)に売り、仲卸から小売り、つまり鮮魚店やスーパーに売ることで、消費者に届く。木材も同じで、産地、つまり山から切り出した木材を買い受けるのが木材問屋であり、それを小売木材店が目利きして買い付け、工務店や大工などに売る。そうして建ち上がった建物が、消費者に届くというわけだ。

「ただ、もともと信用商売ということもあり、築地のような競りは成立しにくいのが、この業界の特徴でもあります。木材問屋同士は、うまく住み分けができていて、『紀州材を扱うのはあの会社』『秋田材ならあの会社』と決まっているので、よその商売の邪魔はしない。競争をする世界ではないのです」

ただ、近年、木材問屋を取り巻く環境は、日に日に厳しくなっているのだとか。

「腕の良い大工さんが引退してしまうので、そういう職人さんと付き合いのあったところは、廃業するところもあります。また、代替わりの際、うまく事業承継ができずに廃業する木材問屋も多い。このあたりは地価も高いので、相続の際、事業承継していく難しさがあります」【画像2】産地から工務店へと、木材業にかかわる業者はこのような流れで木材を扱っている。木材問屋は、木材の在庫を抱えるために、どうしてもある程度の広さが必要になるそう(取材を元に筆者作成)

【画像2】産地から工務店へと、木材業にかかわる業者はこのような流れで木材を扱っている。木材問屋は、木材の在庫を抱えるために、どうしてもある程度の広さが必要になるそう(取材を元に筆者作成)

加工業への進出や木製品のショップ経営…多角化による生き残り策

そうした厳しい情勢のなか、先代から三幸林産を受け継いだ馬田さんは、どのように家業を続けていこうとしているのだろうか。

「まずは、多角化です。住宅街のなかの建築現場では、音やゴミが出せないので、木材の加工がしにくくなりました。そこで、設備投資の一環で加工機を買い、タイミングよく熟練した職人を雇って、当社の工場で加工ができるようにしました。木材を乾燥させるための乾燥機については、自社で開発してしまいました」

馬田さんが開発した遠赤低温乾燥機「オールドライ」は、同業者だけでなく、木を使った作品を生み出すアーティストからも引き合いがあるのだとか。加えて馬田さんは、本社をリノベーションして、木製品を販売するショップ『Kiclus』をオープンした。

「木が本来もつ心地よさやぬくもりを、建築物の材料である木材とは別の方向からも伝えられたらと思って始めました。アーティストとコラボレーションしながら、製品を開発する醍醐味も味わっています」(馬田さん)【画像3】左:『Kiclus』ショップ内。無垢材を使ったスマートフォン用のスピーカーが飾られている。上部にスマートフォンを差し込むと、再生した音が空洞の中で増幅されて響くというもの。価格は2万8000円から。木の種類によって、響きも異なる/右:表面に薄いウォールナットをあしらった名刺入れや財布なども販売している(写真撮影:日笠由紀)

【画像3】左:『Kiclus』ショップ内。無垢材を使ったスマートフォン用のスピーカーが飾られている。上部にスマートフォンを差し込むと、再生した音が空洞の中で増幅されて響くというもの。価格は2万8000円から。木の種類によって、響きも異なる/右:表面に薄いウォールナットをあしらった名刺入れや財布なども販売している(写真撮影:日笠由紀)

「あくまでも『木』にこだわりたい」……木場のさらなるチャレンジ

廃業する木材問屋もあれば、三幸林産のように多角化による事業の継続を図る木材問屋もいるなかで、深川でも、特に木材問屋が集中している木場は、この先、どのようになっていくのだろうか。

「私としては、『木場をどうにかしたい』という気持ちでいっぱいです。祖父や親の代から当社と一緒にやってきた木材問屋が、歯が欠けるように廃業していくなかで、同じように長い間頑張ってきたほかの木材問屋さんと一緒に、新たなチャレンジも始めているんです」

例えば、三幸林産は、JTBとキッザニアの仕事体験プログラムに協力して、「生きた木で木琴を作ろう」というプログラムを提供している。工場に招いた子どもたちに、木材選びから木琴の手づくりを体験させるという試みだ。同じ業界の仲間も同様の試みを始めている。

「また、当社の木製品ショップ『Kiclus』は、現在は商品を陳列するスペースのみとなっていますが、移動式のカフェを呼ぶなどして、さらに木の香りに包まれながらくつろげる空間とすることが理想。周辺にも、そういった飲食店がオープンして、『木に触れたいから、木場を散歩したり、お茶したりしに行こう』という動きが生まれたらうれしいですね」

カフェやアート方面にも展開する清澄白河エリア

木場と同じ「深川」エリアの一部であり、木場の北側に位置する清澄白河は、木場とはまた違う形で変貌を遂げ、コーヒーやアートの街として、にぎわっている。2012年4月にオープンし、清澄白河を「コーヒーの街」たらしめた「ザ クリーム オブ ザ クロップ コーヒー清澄白河ロースター」は、白河地区の木材倉庫を転用したコーヒーの焙煎所兼カフェだ。

焙煎士の板原昌樹さんによると、木材倉庫は、コーヒーの焙煎にはうってつけなのだとか。

「焙煎機は、ダクトを含めて3mにも及ぶ高さになるため、置くには、それだけのスペースを確保しなければなりません。良い場所がないかと探していたら、この木材倉庫を見つけました」(板原さん)

その上、住宅密集地などではないことから、焙煎機から出る大きな音に苦情が出たりすることもなく、焙煎中の煙や匂いも、裏手の川に流れて行くので、問題ないのだとか。

「しかも、ここは昔からある下町なので、人が温かいんです。お客様も、『客と店員』というよりは、友達同士みたいな感じで接してくださいます。『旅行に行ってきたから、これお土産ね』とお土産を渡してくださったりするんですよ」(板原さん)

この界隈には、ほかにもいくつかの焙煎所兼カフェがあり、ここ最近では、チーズ専門店やワインバー、チョコレート専門店など、コーヒー以外の店舗も増えてきて、東京都現代美術館をはじめとするアート系施設の増加とあいまって、より広がりのある展開を見せている。【画像4】左:「ザ クリーム オブ ザ クロップ コーヒー清澄白河ロースター」。建物の裏手は、小名木川から分かれた運河に面している/右:店内の焙煎機。「朝や夜など、周辺住人が多く在宅となる時間帯には、焙煎をしないように配慮しています」(板原さん)(写真撮影/日笠由紀) 【画像4】左:「ザ クリーム オブ ザ クロップ コーヒー清澄白河ロースター」。建物の裏手は、小名木川から分かれた運河に面している/右:店内の焙煎機。「朝や夜など、周辺住人が多く在宅となる時間帯には、焙煎をしないように配慮しています」(板原さん)(写真撮影/日笠由紀)【画像5】左:店内のカフェコーナー。雑誌やインターネットなどでも紹介されているせいか、アジア圏などから外国人観光客もやってくる/右:1995年、白河で開館した東京都現代美術館(略称「MOT」)。MOTに牽引される形で、このエリアにはアートギャラリーなども増えている(写真撮影/日笠由紀)

【画像5】左:店内のカフェコーナー。雑誌やインターネットなどでも紹介されているせいか、アジア圏などから外国人観光客もやってくる/右:1995年、白河で開館した東京都現代美術館(略称「MOT」)。MOTに牽引される形で、このエリアにはアートギャラリーなども増えている(写真撮影/日笠由紀)

深川エリアを歩いたのは、まだまだ残暑が厳しい日の、それも炎天下。にもかかわらず、水辺を渡る風は心地よく、あらためてここが、「水」と「木」に育まれた街であることに気付かされた。馬田さんは、幼いころ、川に丸太のイカダが流れてくる光景を、「今日は大きい木が流れてきたなあ」などと眺めるのが楽しかったと言う。やはり「水」と「木」に囲まれて育った人なのだ。

『とと姉ちゃん』の製材指導では、職人の半纏(はんてん)におがくずをまぶしつけるようにアドバイスしたり、乾燥していない木材に「ズブ生」という表現を使うように助言したという馬田さん。時間が過ぎるのも忘れて、そんな裏話も聞かせていただいた。

『Kiclus』のショップに入った途端に心地よく鼻をくすぐった木の香りと、木製品に触れたときの、温かくしっとりとした肌触り。そして、焙煎機から立ち上るコーヒーのアロマが何よりのお土産となった、「木の街」深川の取材だった。●取材協力

・三幸林産株式会社/Kiclus

・ザ クリーム オブ ザ クロップ コーヒー●参考

・東京木材問屋協同組合/木場と問屋組合の歴史年表
元画像url http://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2016/09/118142_main.jpg
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