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「アルゼンチン史における暗黒の時代」 衝撃事件を映画化した『エル・クラン』 銀獅子賞受賞のパブロ・トラペロ監督が語る事件背景とは?

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「アルゼンチン史における暗黒の時代」 衝撃事件を映画化した『エル・クラン』 銀獅子賞受賞のパブロ・トラペロ監督が語る事件背景とは?

9月17日より公開される、アルゼンチン映画『エル・クラン』。舞台は、軍事独裁政権崩壊後のアルゼンチン。善悪の基準が変わりゆく中、突如無職になってしまったエリート一家のプッチオ家は、ピンチの果てに”身代金ビジネス”というとんでもない稼業にたどり着く……。約30年前、アルゼンチンで実際に起きた事件を完全映画化した本作は、本国で国内映画史の記録をぬり変え社会現象化した衝撃作だ。

製作はスペインの鬼才ペドロ・アルモドバル。監督を務めたアルゼンチンの俊英パブロ・トラペロは、2015年のヴェネツィア国際映画祭で、北野武、キム・ギドク、ポール・トーマス・アンダーソンなど錚々たる面々が受賞してきた最優秀監督賞にあたる銀獅子賞を受賞した。この度、そんな名だたる監督に仲間入りしたトラペロ監督に電話インタビューを実施した。

トラペロ監督(写真中央)
–事件当時のアルゼンチンは政治的な変革期にあったようですね。

あの犯罪は、アルゼンチンの政治状況によって起きたものだ。冷血な軍事政権の下、多くの政治的迫害、誘拐が発生し、行方不明者が多発した。祖国という名のもとに他人の子供を誘拐して自分のものにするといった残虐行為が行われ、何の関係のない人たちまでが利害関係によって殺された。さらにはフォークランド戦争という痛ましい戦争も起きた。
それ以前にも軍事政権の時代はあったが、このときほど、暴力的で残酷な時代はなかった。アルゼンチン史における暗黒の時代だ。幸いな事にその後民主化されたので、あれほど残酷な状況に戻ることはもうないだろう。

–1985年、事件が世間に発覚した当時、どのように感じましたか?

私が事件を知ったのは13歳、14歳の頃で、家族全員が巻き込まれた事件ということに、すごく衝撃を受けた。私も家族と一緒に生活していたので、自分の家の中に誘拐された人がいるということを、あまりに不条理に感じたんだ。それは単なるひとりの子供としての視点だったね。
だが、その視点が出発点となって、フィルム・ノワールのような映画を構築することになるんだ。家族の日常、アルキメデスとアレハンドロといった父子の日常生活をベースに、観客は、家庭外で起きている、非常に強烈で独特な現実を発見することになる。それは、軍事政権が終わり、人々が待ちわびた民主主義の時代が訪れた時代に、プッチオ一家が人々を誘拐していたという現実だ。本作は、家族の親密なストーリーでもあり、同時にアルゼンチン史の中で重要な局面を描いてもいるんだよ。

–ニュースを聞いた当時の思いが映画を作る出発点になっていたということですか?

そうだね、撮影しながら当時を思い出していたよ。事件後、時間が経ってからも報道は続いていたし、裁判や事件の調査も、1985年に終わったのではなくその後6〜7年続いたから私がもう少し成長してから知った事実もある。特に、後にアレハンドロが最後に取った行動を知って興味を持った。私はこの事件について、人生の異なる局面で何度も出会ってきたんだ。

–実際にあった事件を映画化するにあたり、どんな点に気をつけましたか。

現実に近づけるように気を配った。たとえば、多くのシーンを事件が実際に起きた場所で撮影をしているよ。観客に事件をより身近に感じてほしかったからね。観客にとっては現実の場所で撮影されたかどうかは問題ではないかもしれない。だが、そうした手法、撮影方法をとることで実際に起きた空気感を少し残すことができたと思っている。
また、ストーリーが観客にとって理解し難いものであることも課題だった。それを乗り越えるため、映画では、誘拐事件や死という部分よりも、沈黙の恐怖ともいえる瞬間に重きを置いた。たとえば家族のシーン。アルキメデスが家族と朝食をとったり、娘に数学を教えたりしているところや、家族でテレビを観ているところ。何も起きていないように見えるこれらのシーンだが、実は、沈黙の中ですべてが起きているんだ。

–プッチオ家を直接知る人々と直接話して、何が印象的でしたか?

すべての人が、「アレハンドロは素晴らしい人だ」「親切で礼儀正しくて気配りのできる人間だ」と語ったことだ。ラグビー・チームのリーダーで、人となりが模範的で、言動すべてが肯定的に受け止められていたアレハンドロの外面的な印象は素晴しいものだったんだ。だから、多くの人にとって、アレハンドロが父親の共犯者であることは、信じ難いことだったらしい。マスコミに出て彼の無罪を主張した人もいた。
ところが、まさにこうした、彼を擁護していた人たちの名前が、アレハンドロが父親に渡したリスト、アルキメデスの”ノート”に記されていたんだ。

–そのノートにはアルキメデスの次の被害者の名前が記されていたということですか?

その通り。劇中、アルキメデスが計画をメモするのに使っていたノートだ。映画のあるシーンで判事が手にしているのがわかると思う。実際の裁判が始まってから何年も経ってから、アレハンドロの支援者たちの氏名が、次の誘拐被害者のリストに書かれていたことがわかった。

–アレハンドロがこのような事件に深く関わり、隠し続けた理由をどのようにお考えですか?

理由はふたつあると思う。ひとつ目は、都合が良かったからだ。彼は誘拐で金を得ていた。また、金だけでなく、誘拐で得た金で約束される生活に対する野心も彼の目的だったと思う。

–もうひとつの理由とは?

もうひとつの理由は、アレハンドロにとっては、父親に「ノー」を言うことがすごく難しかったということだ。彼は父親に対峙することができなかったんだ。同じ家族でも三人の息子のうちの一人は「仲間になりたくない」と断った。才能豊かで、世界中を旅したこともあるアレハンドロなら、その兄弟同様、「家に戻らない」という選択肢だってとれたというのにね。
父親に対峙できないことで、彼は父親の”被害者”となり、友達を生け贄として捧げる役を担うことになる。

–アルキメデス役のギレルモ・フランセーヤの怪演が不気味で観る側の印象に強く残ります。彼を起用するに至ったきっかけは何ですか?

偉大な俳優である彼と、長年、一緒に仕事がしたかったということがある。また彼は、俳優としての手段をたくさん持っているから、偉大なアルキメデスになれると確信していたんだ。映画を観ればすぐにわかる通り、アルキメデスは瞬きをしない。常にある一点を見つめていて、目を閉じることがほとんどない。
また、一方でコメディ出身の彼を悪役に起用するという大きなチャレンジでもあった。フレンドリーで人々に愛され、親近感がある存在の役に慣れている人間が、暗黒で計算高く、不気味で冷酷な人物を演じるというのは、監督としても俳優のフランセーヤにとっても大きなチャレンジだったよ。彼と一緒にアルキメデスという役を作り上げることができて本当に嬉しく思う。

『エル・クラン』は9月17日(土)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国公開。

©2014 Capital Intelectual S.A. / MATANZA CINE / EL DESEO


■映画『エル・クラン』公式サイト
el-clan.jp

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