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エスカルゴを伊勢うどんの麺に載せたら美味かったという話

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 エスカルゴとうどんというユニークな組み合わせと人間模様を描く津原泰水氏の小説『エスカルゴ兄弟』が話題を呼んでいる。伊勢うどん大使であり松阪市ブランド大使を務める大人力コラムニスト・石原壮一郎氏が津原氏に創作の裏側を直撃した(敬称略)。

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 讃岐うどん屋の息子と伊勢うどん屋の娘が恋に落ちる――。まさに、うどん界におけるロミオとジュリエット。そこに稲庭うどん屋の御曹司もからんできて……。『ブラバン』や『11』などで知られる人気作家・津原泰水氏の最新作『エスカルゴ兄弟』(角川書店)は、何を思ったのか、極めてうどん色が濃い作品でした。

 うどんとともに重要な役割を果たしているのが、食用カタツムリの「エスカルゴ」です。作品に出てくる「エスカルゴ・ファーム」のモデルは、世界で唯一、本物のエスカルゴの完全養殖に成功している三重県松阪市の「エスカルゴ牧場」。松阪市生まれで、僭越ながら松阪市ブランド大使と伊勢うどん大使を務めさせてもらっている私としては、じっとしてはいられません。作者を直撃し、なぜ三重県的にも伊勢うどん的にもこんなに嬉しく胸躍る設定の小説を書いてくれたのか、真意を問い質しました。

──主人公は、吉祥寺にある実家の立ち飲み屋をエスカルゴを売りにしたフレンチの店にリニューアルしようとしているぐるぐる好きの変人カメラマン・雨野明彦と、巻き込まれて編集者から料理人になる伊勢うどん屋の息子・柳楽尚登。そして、ソフィー・マルソー似の伊勢うどん屋の娘も登場します。とても面白くて最後まで一気に読んでしまいましたが、なぜエスカルゴなんですか!?  なぜ伊勢うどんなんですか!?

津原:もともとはエスカルゴという謎の多い生き物に興味があって、15年ぐらい前から、養殖に成功する男女の話を構想していたんです。ところが、下調べをしているうちに三重のエスカルゴ牧場のオープンを知りました。フィクションが現実に追い越されてしまったわけです。そこで、エスカルゴを扱うレストラン側から描くというふうに仕切り直しました。伊勢うどんを作品の主要なモチーフにしたのは、エスカルゴ牧場がある三重県がその本場だったからです。偶然がきっかけでしたが、伊勢うどんがなかったら物語は成り立たなかったでしょうね。

──そうでしょう、そうでしょう。伊勢うどんにはそういう不思議な力があるんです。きっと伊勢うどんの神様が「ここはワシの出番じゃな」と思ったに違いありません。

津原:か、かもしれませんね。で、まず伊勢うどんありきで、対抗勢力として讃岐うどんを登場させました。僕は広島出身なので、船で渡ればすぐ讃岐ですから、讃岐うどん地元民のうどんに対する意地や排他性はよく知っています。あらためて取材する必要もないということで、迷う余地はありませんでした。

──世界で初めての「うどんをモチーフにした文学作品」で、伊勢うどんが重要な役割を果たせて、本当に光栄です。ありがとうございます。

津原:いや、その、メインはエスカルゴですけど、ま、いいです。エスカルゴはまだまだ庶民には手の届かないファンタジックな食ですが、うどんは現実の食です。誰もがおいしさを想像できるうどんが、食べたことも見たこともない未知なる食に読者の興味をかき立てる“梯子”の役割を果たしてくれました。

──さすが伊勢うどん、いい仕事しますね。ま、讃岐うどんもがんばってましたけど。

津原:でも、連載が始まる前、愛媛出身の担当編集者に『伊勢うどんを登場させたい』と言ったら、激しく難色を示されたんですよ。えー、なぜよりによってあのやわらかいうどんを……ほかのうどんならまだしも……って。その瞬間、これはイケると思いましたね。

──(同席していた件の編集者氏に)えっ、そんなことをおっしゃったんですか!

編集者氏:も、もちろん今は、伊勢うどんの魅力に目を見開かされて改心しております。

──よかったです。津原さんが伊勢うどんを知ったのは、永六輔さんがラジオで「美味しいんだ。大好きなんだ」と仰っているのを聞いたのがきっかけだとか。

津原:ラジオで聞いたのはかなり前ですが、以来、憧れの食でした。3年ほど前に松阪のエスカルゴ牧場を取材で訪れた際、伊勢にも足を伸ばして初めて食べましたが、期待以上のおいしさでした。感想をひと言でいうと「そるるん、ほわん」でしょうか。

──ああ、そのオノマトペ! 伊勢うどんを頑なに拒否しようとする讃岐うどん屋の息子が、戸惑いながらひと口食べて「そるるん、ほわん」という第一印象を抱き、たちまち魅せられていくくだりには、深く感動しました。伊勢うどんの特徴を極めて的確に表現しつつ、何よりとてもおいしそうで、まさに名文でした。ところで、あの場面でふたりが食べた伊勢うどんは、なぜ「伊勢玉子うどん」だったんでしょうか。

津原:えっ、えーっと、実際に自分が行ったときに食べたメニューだったこともあるし、エスカルゴと対比させるために、うどんと玉子という「当たり前にあって値段も安いけど実はとてもおいしいご馳走」という存在を出したかったという意味もありますね。ひょっとして、伊勢うどんと出合わせる場面のメニューとして不適切でしたか。

──いやいや、そんなことはありません。ネギだけのシンプルな伊勢うどんがメジャーですけど、玉子入りもそれに次ぐ人気メニューです。他からやって来たふたりが食べるメニューとしては最適だと思います。すいません、マニアックな質問で。(ここでエスカルゴ牧場からお取り寄せしたエスカルゴ登場。しばし試食タイム)本物のエスカルゴ、初めて食べましたがめちゃくちゃおいしいですね!

津原:一般的に食べることができるエスカルゴの多くは、じつはまったく別種のカタツムリです。フランスのブルゴーニュ地方で食べられているこの「へリックス・ポマティア」は、よく噛みしめるとうまいところの詰まり方が違うんですよね。ぜひ、このバターソースをパンにつけて召し上がってください。

──おお、これはうまい! エスカルゴのエキスとバターの風味とスパイスが、まさに伊勢うどんのタレのように濃厚で奥深い世界を作り上げていますね。主人公たちの店では、エスカルゴを伊勢うどんの麺に載せた「ウドネスカルゴ」というメニューが登場しますが、実際にどこかの店で出してほしいですね。

津原:いいですね。今回の作品を描くにあたって、あのメニューがもっとも重要なアイディアだったと思っています。もちろん試作もしましたが、絶品でした。

──伊勢うどんは、かつてに比べれば知名度は上がりましたが、けっしてメジャーな存在とは言えません。エスカルゴも、そのおいしさがまだまだ知られていないし、ゲテモノ扱いする人も多そうです。ふたつが力を合わせることで、大きく飛躍できるかもしれない。その意味で、この作品は両方にとっての救世主だと思います。

津原:いやまあ、そうなれたらいいんですけど。

──きっとなってくれます。青春料理小説の名作としてどんどんどんどん話題になって、やがて映画化されたりNHKの朝ドラになったりすると信じています。今日はお忙しいところありがとうございました。うどんの話題が多めのインタビューで恐縮です。

 讃岐うどん屋の息子と伊勢うどん屋の娘の運命やいかに。それぞれの思いもそれぞれの人生も、エスカルゴの殻のようにぐるぐると回っていきます。随所で声をあげて笑い、おいしそうな描写にお腹が鳴り、気が付くと切なさに胸を締めつけられている。『エスカルゴ兄弟』(角川書店、1782円)で、ぜひそんな気持ちのいい体験を味わってください。

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