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岡野雅行「ずっと嫌だった。でも決めて良かった」

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9月1日(木)からいよいよスタートするサッカー「ロシアW杯アジア地区最終予選」(テレビ朝日系列で地上波生中継)。数々のドラマが生まれたW杯最終予選を、当事者たちと振り返る。そんな最終予選で初めて日本をW杯へ導くゴールを決めたのが「野人」岡野雅行さんだ。

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19年ぶりに訪れた「歓喜」の場所で思ったこと。

「スタジアムはだいぶ変わってましたね。見違えるようにきれいになっていたんですけど、ピッチに立つと、当時の画がいろいろ出てきて…ここで自分の運命が変わったんだなって、感動しました。あ、19年前と同じように蹴ってきましたよ(笑)」

正式名称は「タン・スリ・ダト・ハジ・ハッサン・ユーヌス・スタジアム」。マレーシア、ジョホールバルにある3万人収容のサッカースタジアムである。1997年11月16日、サッカー日本代表が翌年行われるFIFAワールドカップ・フランス大会アジア最終予選の第3代表決定戦をイラン代表と戦い、初めて出場を決めた場所だ。

2-2で迎えた延長後半13分、呂比須ワグナーからのボールを中田英寿がミドルシュート、イランのGKアフマド・アベドサデがはじいたところを右足で押し込んだ。

テレビ番組の企画で現地に行き、当時の日本代表監督・岡田武史とトークし、日本のワールドカップ初出場を決めたゴールを再現してきたらしい。で、まさに帰国してきたばかり。話をしているのは、羽田空港国内線ターミナルに直結したホテルの会議室だ。

「僕らはすごい重圧を背負って戦ってたんです。あのドーハの悲劇の後のワールドカップでしたし、この時点で2002年の日本でのワールドカップ開催が決まっていたのに、本戦に出たことがなかった。旅から旅が続いて、自分が今どこにいるのかもわからなかったほど。みんなげっそりほおがこけて、胃薬を飲みながら試合に出ていた選手もいました」

その最終予選のさなか、カザフスタンからウズベキスタンへ向かうアウェーの連戦中に加茂 周監督は解任され、岡田武史が監督に就任した。

「加茂さんはどっしりしてるけど、岡田さんはコーチで僕らとは近い立場だったので、しょっちゅうちょっかい出したり、いじったりしてたんです。“岡ちゃんボール取ってきて~”とか言ったりして(笑)。それが監督になられた一発目の練習の時にはガラッと人が変わっていました。練習めちゃくちゃキツくて、岡田さんの覚悟がヒシヒシと伝わってきたんです。じゃあ僕たち選手もやんなきゃなって思いました。あの人を絶対男にしよう、って」

なんとか第3代表決定戦にコマを進めた日本だが、岡野さん、ここまでまったく試合に出ていなかった。しかもこの日、2−2で迎えた延長からの起用。どちらかが点を取った時点で勝敗が決するVゴール方式だった。

「ずっと俺を出せ俺を出せと思っていたんですけど、この局面はやめてくださいよと(笑)。予選のあいだ中、すごいプレッシャーが続いていて、負けたら日本には帰れないと思っていました。だから試合が終わった時、ワールドカップだ! っていうより、やっと日本に帰れるって感じだったんです。帰りのバスも負けたみたいにシーンとしていたし、ホテルの食事会場で岡田さんが、ドンペリでも飲もうって言ってくれたんですけど、みんなでお祝いする元気もなく、食事をしたら部屋に戻りました。あとで聞いたら、岡田さん自身も疲れ切ってて帰っちゃったって(笑)。で、部屋に戻ってようやく日本に電話するんです」

日本のテンションは全然違っていた。

“Vゴールの人”と呼ばれて。

「電話の向こうではみんな酔っ払ってるんですよ。六本木なのかどこなのか、大騒ぎ。“お前がゴール決めたから大変なんだよ”“ふーん、そうなんだー”って(笑)。当時はスマホもないし、新聞も3日遅れぐらいでしか読めなかったから日本の情報が全然入ってこなかったんですね。成田に着いた時、ハリウッドスターでも来日するのかな? って思いましたもん。そのくらいの人が詰めかけて熱烈に歓迎してくれて。囲まれるようにして家に帰ってきたら留守電はパンクしてましたし、いちばんびっくりしたのはお袋がワイドショーに出てたこと(笑)」

イラン戦のフジテレビでの中継は47.9%の視聴率を記録していた。

長髪で「野人」なんて呼ばれていて、それまでまったく出場していなかったのに延長にいきなり出てきて、日本のワールドカップ初出場を決めるゴールを奪う。岡野さん、とにかくキャラが立っていた。サッカーを知らない人のあいだでも「野人」「野人」と話題にしやすい存在だった。この時岡野さん、25歳。

「だからやりにくかったですよ。“Vゴールの人”みたいになってて(笑)。あれは僕のゴールかもしれないけど、決まったのはチームみんなの力です。去年みなさん、ラグビーの五郎丸さんのポーズをマネしたでしょう? あの時、五郎丸さんやりにくかったと思うなあ。昔からやってるのに、突然流行ってしまったわけで。僕もそうでしたから。サッカー選手としては日常に戻って、先を見てるのに、そのことばかり注目されて」

そんなわけで、ずっとジョホールバルの映像は見たくなかったという。“Vゴールの人”の件もそうだけど、あの試合で岡野さん、何度も何度もシュートを外している。見るのが怖かった時期がずーっと長くあった。でもある時、「やっぱりすごいことだったんだろうな」と受け入れることができた。

「ある時、娘が図鑑が欲しいって言うので一緒に本屋さんに買いに行ったんですよ。で、日本の歴史図鑑を買ったんです。家に帰って娘が読み始めて、しばらくしたら“パパが出てるよ!”って。“パパなんか出てるはずないでしょ? それはクロマニヨン人じゃないの?”って(笑)。それで見せてもらったら出てるわけですよ。その時に、あれはそういう図鑑に載るくらいのことだったんだなって。まあ素直に喜んでいいかって思えるようになったんです」

そして、それを今は、積極的に仕事に役立てている。

■インタビュー後編はこちらから
■R25「サッカー日本代表」特別インタビュー特集はこちらから

武田篤典(steam)=取材・文/稲田 平=撮影

■サッカー「ロシアW杯アジア地区最終予選」(テレビ朝日)
10月6日(木)日本vs.イラク
10月11日(火)オーストラリアvs.日本

川平慈英&中山雅史がW杯アジア地区最終予選の思い出の名シーンとリンクするスペシャル映像も要チェック。


(R25編集部)

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※コラムの内容は、R25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております

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