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難攻不落の愛媛・松山城 なぜか「居住空間」が存在

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 戦国時代の象徴といえば、「城」だが、築城時の姿を残す現存天守は全国に12天守しかないが、そのうち4天守が四国に残り、いずれも国の重要文化財に指定されている。各城を熟知する学芸員・ガイドのナビゲートで、そのうちの一つ、愛媛県の松山城に隠された秘密や謎をめぐる。

「いま、私たちは背後の小天守の突上げ戸から狙われていますよ」

 天守を取り巻く本壇への唯一の入り口である一ノ門を通り過ぎると、松山城総合事務所・学芸員の友近美香子氏が声をひそめた。

 天守に到達するまでに、鉄砲・弓を撃つ狭間、石落としを備えた櫓や塀、屏風折れの高石垣などを数多く巧みに配置する松山城は、難攻不落の城とされる。

 最終防御拠点である天守は本来戦いの時に使われ、平時は誰も足を踏み入れないものだが、松山城の天守内部は居住できる造りになっている。「なぜ畳や襖が入るようにしたのか、どのように使われていたのかも謎なんです」(友近氏)。

●築城主:加藤嘉明、松平定通
●築城年代:慶長7(1602)年築城着手
 文政3(1820)年天守再建着手
●天守構造:連立式層塔型3重3階地下1階

撮影/本誌・太田真三 取材・文/上田千春(ライターハウス)

※週刊ポスト2016年9月9日号

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