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プログラマあるある満載!『裏切りのプログラム』作者・柳井政和氏がIT業界を舞台にした理由とは?

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IT業界を舞台にした作品は実は初めて

デビュー作『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』は、「コードエージェント」という会社名の、腕のよいプログラマを企業に斡旋する企業が舞台になっている。しかも前編で書いたように、デビューまでには12年、50もの作品を書いて応募している。

自身もゲーム制作のプログラミングなどの経験を積んできた柳井氏だけに当然、ITやプログラムが舞台になった作品を過去にたくさん書いていると思いきや、違った。

なんと、IT業界を舞台にしたのは、この作品が初めてなのだという。もちろん経験があれば書きやすくなることは間違いないが、あえて書いてこなかったのだ。

「職業として小説を書こう、という気持ちがあったからです。もちろん馴染みの業界のほうが書きやすい。でも、そうすると数作でネタ切れになる。それに文章のレベルがまだまだ低かった。実力的にも、そろそろ行けるだろうと思い、今回、自分に近い業界の話を取り上げました」

レベルが低いうちに得意なものをバンバン使ってしまうと、ネタの在庫が切れてなくなってしまいかねない。

「手持ちのカードを使ったらおしまい、では危険です。小説家デビューするだけではなく、デビューした後、どう仕事をしていくか、どう書いていくか、ということも真剣に考えていたんです」

クロノス・クラウン合同会社 代表社員 柳井政和氏
「マンガでわかるJavaScript」「プログラマのためのコードパズル」などの著者。「めもりーくりーなー」などのオンラインソフトも公開。シミュレーションゲームなど思考系ゲームを作るのが好き。http://crocro.com/

だから、回り道は決して無駄ではなかった、必要な期間だった、と語る。実際、小説を作る方法論も、さまざまに試行錯誤をすることができた。

小説になりそうな情報は常に大量にストック

まずは、これだ、というテーマが決まればストーリーを思い浮かべて、一週間ほどで設計図を作るという。その後は、テーマについての調査に入る。基本はインターネットや書籍だ。

「なるべく評価が異なる、違うタイプの書籍を探したりしますね。あとは、最後のページにある参考文献がとても役に立ちます」

テーマについて最初の時点で詳しく知識を得る必要はないという。重要なことは、調査を進めるためのキーワードを知ることだからだ。

「調べたあと、地図が頭の中にできてくるんです。そうすると、足りていないところを、また調べればいい。まったくの白紙だと、どこに行けばいいのか、わかりませんから」

ぼんやりとでもそのテーマの地図を作るために、調査は重要なのだ。

「大学時代の研究と同じです。論文を見て、参考文献を見るところから始まりますよね。こうやって書くためにいろいろと調べていくことが楽しい。新しい世界が広がっていくからです」

小説になりそうな情報は常に大量にストックしている。ちょっとでも気になることは、すぐにメモするという。ニュースで見た話もネタになる。どこで使うかは全く決まっていなくてもいい。とにかくたくさんのネタを用意しておくのだ。

「普段から、たくさんの素材メモを残しておくことが大事です。これ、何かでいけそうだけど、ピースが足りない、という素材ストックは大量にあります。何かを突然、思いついて、これで1本書ける、となることもありますね」

再現性のある書き方、工業的手法で書く、という方法

ひとつの素材だけでなく、複数組み合わせることで新しい素材に生まれ変わることもあるという。

「テーマからストーリーに落とし込んでいくときには、このメモをざっと眺めて、使えそうなものをピックアップしていきます。こうやって情報をまとめてストーリーを作っていく編集作業がまた、実に楽しいんです。重要な情報をどんなふうに並べて物語を作っていくか。よく、映画監督がフィルムを切って何時間でも編集していると言いますよね。あれと同じですね。楽しいので、際限なくやってしまいます」

ストーリーをあらかた考え、必要な情報を集めてから、ようやく書き始める。書いた後も、大胆に内容を入れ替えたり、削除したりしていく。ストーリーを変えていくこともある。

「書き始めれば、2週間ほどで書いてしまいます。その後は、推敲に2週間ほどかけます。ここでも、大きな修正をします。ゲームもテストプレーをしてからどんどん変えていったりしますが、小説もテストリードして、どんどん変えていく。より良くなるなら、いくらでも変えますね」

▲ブックカバーイラストは、ビッグコミックスペリオールで連載中の「STEVES(スティーブズ)」で人気急上昇中の漫画家うめさんが描いている

多いときには、年間10本ほど書いていたという。

「大事なことは、仕入れ、加工、出荷できる工程をきちんとトレーニングしておかないといけないということです。素材でしかないものを、いかに出荷状態にまで持っていけるか。人によって、やり方はいろいろあると思いますが、私は再現性のある書き方をしたいと考えていました。工業的手法で書く、と言い換えてもいいかもしれません。

だから毎回、設計書を書きますし、すべての修正履歴を残しています。修正内容のメモも残します。いつ何kB変わったかもわかる。それこそ、一年前とどう書き方が変わったか、検証できるようにしておかないといけないと思っていました」

“プログラマあるある”が次々に飛び出してくる

プログラミングによって、小説を書くためのツールもたくさん作っている。小説をチェックするツール、書くのを支援するツール、素材管理のツール、キャラクターを管理するためのツール……。

「自分が作って運用しているわけですから、これもまた楽しいですよ。小説づくりに、プログラミングも活きてきているわけです」

そして、書き始めて12年。いよいよITやプログラマといった、ずっとあたためてきた手持ちのカードが舞台設定として使われることになったのが、デビュー作『裏切りのプログラム』なのだ。言ってみれば、12年間の集大成である。

「下調べは、さすがにほとんど必要がありませんでしたね(笑)。会社員時代、プロジェクトの経験もありましたし。ただ、IT業界に感じる疑問点の確認は、自分なりにしました。派遣をめぐる違和感、心の病気にかかる人の多さなどなど。それは、仕事の取引先を観察したり、友人や周囲の人の動向を見たりしました」

デビュー作では選考委員の一人、作家の三浦しをん氏が「社会やシステムへの疑問と怒りが作品に込められていて、とても胸打たれた」というコメントを残しているが、IT業界についての疑問や思いはしっかり小説に盛り込むことを考えたという。

しかも、作者自身が内部をよく知るプログラマであるために、IT業界についての疑問や思いがストーリーや犯罪トリックの核心をなす物語設定となり、作品を読み応えのあるものにしている。

真剣にやるとプロのレベルの高さに気づける

業界を知っているといえばもうひとつ、“プログラマあるある”が次々に飛び出してくることだ。

「例えば、プログラムを書いているときには話しかけないでほしい、という文章を入れています。これは、プログラムを書いている人には、みんな共通の感覚だと思うんです」

作品のオビ裏にも抜粋されたのが、「プログラマという人種はですね。他人とともに、自分も信じない人間なんですよ」というセリフだ。

「プログラムを書いて、自分ではこれが正しいと思っても、コンパイラを通らない。あれ、間違ってるのか……。こういう経験を日常的にしていると、基本的に人間は間違えるものだとわかりますよね。逆に一発で通ると、何かおかしいんじゃないか、と思ってしまうのが、プログラマですから(笑)。プログラマって、こんな頭の使い方するよね、という考え方が、いろいろ出てきますよ」

デビュー作ながら、すでにシリーズ化の声も出てきているというが、それも最初から考えていたという。

「主人公にトラブルが舞い込みやすい設定にしてありますので(笑)。これはハブになるな、と。今回は、出会い篇の位置付けなんです」

言ってみれば、プログラマと小説家の二足の草鞋だが、柳井氏にはその意識はないらしい。

「アウトプットしたい方向性によってメディアを変えているだけですから。ただ、いろんなことをやることで視野が広がり、それが相乗効果をもたらすことは間違いないですね。それともうひとつ、真剣にやってみることの大切さです。何事も真剣にやるとプロのレベルの高さに気づける。プロをきちんとリスペクトできるようになるんです」

その新たなプロの仲間入りをした柳井氏。デビュー作は、プログラマにとっては、優秀なプログラマとはどういう存在か、ということも学べる一冊。まさにプログラマなら、必読の作品だ。

(執筆:上阪徹 撮影:近藤俊哉)

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