『千日の瑠璃』37日目——私は死だ。(丸山健二小説連載)

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私は死だ。

つい今し方までこの世に在ることの歓びと、限界の速度に挑むことの陶酔を満喫していた人間を奇襲した、死だ。私は今、まだエンジンがぶんぶん回っている最新型のオートバイと、体温を急速に下げつつある若者と共に、取り入れがすんでだいぶ経つ田んぼの片隅にひっくり返っている。あたり一面を埋めているのは、十一月とは思えぬ陽気に狂い咲いた蓮華草だ。それも花の色はすべて白ときている。ヘルメットの中身は、石の上に落とした西瓜みたいに潰れて、朱に染まっている。

まもなく土手の上に、どんな些細な悲劇にも蝿のように群がる輩が集まってくる。初めのうちかれらは、私の生々しさに気圧され、私にへつらう。しかしほどなくかれらは、私を間近で眺めることによって己れの取るに足りない生を再確認し、いっぺんに心気が晴れ、実に爽やかな思いに満たされ、呼吸や鼓動といった当たり前に過ぎる生理作用をあらためて自覚する。ついでかれらは、ほのぼのとした愛情を私に抱き、その呆気ない結末を、向う見ずな、少しも価値のない蛮勇のせいだけにして、あっさりと片づけてしまう。そして、ひと目で病人とわかる、ひとむかし前に想像された宇宙人のように全身をくねらせて歩く少年が現われると、かれらは何となく気重になり、てんでに胸のうちでこう呟く。「死んだほうがいい奴もいるんだ」と。洩れたガソリンに引火し、私と若者は火だるま。
(11・6・日)

丸山健二×ガジェット通信

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