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自家用車にとって重要なのは性能ではなく「可愛げ」だ!?

▲写真は3.2LのV6エンジンをフロントに積むアルファロメオ 147GTA。素晴らしい動力性能だが、極度のフロントヘビーでもある。そこを「欠点」ととらえるのか、それとも「愛すべき個性」と見るか?

▲写真は3.2LのV6エンジンをフロントに積むアルファロメオ 147GTA。素晴らしい動力性能だが、極度のフロントヘビーでもある。そこを「欠点」ととらえるのか、それとも「愛すべき個性」と見るか?

ペーパーテストだけで人間の実力は測れない。そして車の実力も

批判をしたいわけではないため車名は伏せるが、過日2台の輸入ホットハッチに試乗した。どちらも最新世代に属するもので、1台はとにかく隙のないスーパー優秀タイプ。もう1台は、正直イマイチな部分も散見されるが、その代わり妙な「可愛げ」が全体にみなぎっていて、運転中も思わず「……わはは」と独り言的な笑いをこぼしてしまうタイプだった。

車としての出来が良いのは検討するまでもなく前者のスーパー優秀系だ。しかし「欲しい!」「買いたい!」と思ったのは、実は後者のおとぼけ系だった。

要は「人は可愛げがあるモノ=どこか隙があるモノに引かれる」ということなのだろう。

人間なり機械なりが持っている様々な力を「能力」と「可愛げ」の2種類に大きく分けた場合、一般的には多くのケースで「能力」が重要視される。それもまあ当然の話で、例えば原子力発電所の建屋に使うボルトとビスの選定において「うむ、こちらのビスの方が確かに能力は高いが、わたしとしては、能力は劣るものの可愛げがある形状のこちらを採用したい」などとやっていては、世の中は大変なことになってしまう。

しかしネジではなく、例えば「社員」という名の人間の場合は、指数化可能な能力だけでなく「可愛げ」も重視して登用した方が、のちのち何かと良い結果になる場合も多いことを、ベテラン社会人たるあなたなら経験的にご存じなはずだ。

では「車」の場合はどうだろうか?

▲番犬としては一切役に立たなそうなチワワ。でも、だからといって存在価値がないわけではない

▲番犬としては一切役に立たなそうなチワワ。でも、だからといって存在価値がないわけではない

可愛げ=隙=余分なスペースがあるからこそ人生の幅は広がる

前述のたとえにあった原子力発電所のネジのように、車だってあくまでも能力重視で選ぶべきだという考え方もある。確かに配送や通勤、買い物などの専用機であれば、耐久性や燃費性能の良さなどだけを主たる指針に選ぶのが正解かもしれない。また本職が乗るレーシングカーは当然として、素人衆が休日のサーキットで走らせる車だって「運動性能の良し悪し」のみで考えるべきだろう。

しかし「いわゆる自家用車=何にでも使う車」に関しては「能力」をそこまで重要視しなくてもいいのではないか? というのが筆者の考えだ。

いやもちろん、そこでも能力を最重要視したいのであればそれでもいい。しかし「能力と同時に可愛げ=隙みたいなものも重視して自家用車を選んでみると、買ったときは想像もしなかった謎の広がりが、その後の人生のなかで自然と生まれるかもしれませんよ?」ということを言いたいのだ。

可愛げ=隙とはサッカーでいう「スペース」のようなものだ。スペースがあって初めて、サッカーの試合でも人生でも、筋書きのないドラマが生まれ始めるのである。

▲こちらは80年代の初代フィアット パンダ。現代のコンパクトカーと比べるとそれこそ隙だらけな1台だが、だからこそ、乗っているうちに思わぬ方向へ物事が転じていく愉快な可能性を秘めている

▲こちらは80年代の初代フィアット パンダ。現代のコンパクトカーと比べるとそれこそ隙だらけな1台だが、だからこそ、乗っているうちに思わぬ方向へ物事が転じていく愉快な可能性を秘めている

ちょっと息苦しい現代社会でこそ「おとぼけ系」は妖しく光る

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