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深まる秋の趣溢れる沖縄をしっぽり味わう、11月旅行おすすめ20選

深まる秋の趣溢れる沖縄をしっぽり味わう、11月旅行おすすめ20選 沖縄

国内屈指の旅行観光地、沖縄。

異国情緒が入り混じった独特の文化は唯一無二。

物思いの秋にはぜひ、琉球の歴史を学び戦地跡を巡り、

どのような時を重ね今の沖縄があるのか想いを馳せてみては。

リゾートだけでは見えてこない何かを必ず得られるはず。

秋が熟成する11月の沖縄、今しかない旅と風情を堪能して。

(※紹介施設はじゃらんnet観光ガイドから抜粋しました)

首里城

首里城

1945年の沖縄戦で消失したが1992年11月に復元された。14世紀末より琉球王朝時代の政治文化の中心として、繁栄してきたが、沖縄戦を含め4度消失し、復元を繰り返す。現在の建物は、平成4年に復元され、平成12年には「琉球王国のグスク及び関連道産群」として、「世界遺産」に登録される。

\口コミ ピックアップ/

一度は行っておきたい沖縄の世界遺産。

首里城だけでも見どころはたくさんありますが、首里城公園全体ともなると広さもあるのでかなりの時間が必要になりますが見る価値はありますので、ぜひいろいろ回って欲しいです。

首里城自体は入館に料金がかかりますが、料金を払ってでも一度は中まで見ておきたい沖縄の世界遺産です。

琉球王国の時代に少しだけ触れることができます。 首里城

住所/沖縄県那覇市首里金城町1丁目2番地

「首里城」の詳細はこちら

守礼門

守礼門

首里城には6つの門があり、ここはその第二楼門。最初の名を待賢門と称し、のち梁上に「首里」の二字を掲げ、首里門と俗称された。尚清王代に「守礼之邦」と掲げるようになってから守礼門と称せられるようになる。これは、戦後沖縄の平和主義のシンボルとしても名高くなった。約450年前の建築。

一見中国風に見えるが、琉球独特の手法で造られたもので王朝時代の建築文化の代表作の一つだった。残念なことに戦災で焼失、1958年に再建された。赤と白のモザイク模様の瓦屋根、二層の屋根の配置の妙と、どっしりした上部を支える四本柱、重厚感と瀟洒をないまぜた容姿は、南の陽光の下で美しい。

\口コミ ピックアップ/

【琉球は礼節を重んずる国である】という表記の 門!

「礼節を守る」という意味で、門に掲げられている看板には

【守礼之邦=しゅれいのくに】と書かれている。

「琉球は礼節を重んずる国である」という意味があるそうです。

沖縄の象徴の建築物だと、思いました。 守礼門

住所/沖縄県那覇市首里金城町1

TEL/098-886-2020

「守礼門」の詳細はこちら

首里金城町石畳道

首里金城町石畳道

石畳道は1522年、尚真王代に初めて造られた。首里城の入口を起点とし、金城坂、金城橋、識名坂を経て真王橋に達し、延長340m。琉球石灰岩の平石を敷きつめ、何代もの人々の往来で、なめらかな光沢をたたえている。首里城内外の美化政策と、貿易港那覇に至る基幹道路として舗装され、和寇撃退の為にも利用されたという。

現在残っている石畳は238mにわたり、約30m下った所には東西約50m、南北約15mの地域に大赤木6本、琉球榎1本の巨木が見事に繁茂し、苔むす石畳や赤瓦屋根の民家とともに、古都首里の城下町を思い起こさせる。大アカギのうち最も大きいのになると、樹齢が300年、胸高周囲5.2m、樹高13m、枝ばり17mにも達し、1972年、国の天然記念物に指定されている。

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