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それって本当に「認知症」なの!?

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【聞き分けがないと…認知症扱い!?】

入院中のとある高齢者が「帰りたい」と希望を伝えたら
認知症だと判断された。
物忘れがあるわけでもないのに。

スタッフからみて「聞き分けがない」と
そんなレッテルが貼られるのかな。

自分の素直な気持ちを伝えて
そんな対応されるとしたら、イヤだな。

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素直な気持ちを伝えているだけなのに…

予定されていた入院ならまだしも、急遽、入院することになったとしたら…きっとわたしは家のことが心配になります。それに、病院にいてもやることはないし、ベッドで安静にしているだけなら家で安静にしていてもいいよなぁと思うかもしれません。他にも、「いつまで病院や施設で過ごさないといけないんだろう?」と心配に思ったり…とにかく、いろんな思いで「家に帰りたい」と考えても不思議ではありません。
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ところが、治療が終わっていなかったり、自宅で療養するには自己管理が難しいと判断される人の場合、病院スタッフからすると家に帰ってもらっては困ります。だから、治療が必要なことや、家では療養できないことを「説明」しますが、それでも患者が「家に帰りたい」と訴え続ければ、「理解力が衰えている」ととらえ、「ちょっと認知症があるんじゃない?」という話になることがあります。

聞き分けがない=「認知症」!?

確かに「認知症」があることで、説明された病状をうまく理解できなかったり、「●●しちゃいけない」という禁忌事項を忘れてしまうことがあり、結果的に病院スタッフにとっては「聞き分けがない」と感じることもあるでしょう。しかし、だからといって、高齢で聞き分けがなければ「認知症」ととらえるのは、適切とはいえません。

85歳を過ぎて徐々に体力が低下し、健康を害して入院された元大学教授の男性がいらっしゃいました。その方が、「まだ治療が終わっていない」と看護師から説明を聞き、退院することのリスクを理解した上で、「それでも、一度、家に帰りたい」と伝えました。

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しかし、看護師に適当に聞き流されていると感じた男性は、「若造が年寄りをバカにしよって」とご立腹でした。その方には、「認知症」を示す中核症状は、何一つなかったにも関わらず、看護師は「あの人、認知症があるから、聞き分けがなくて困っているのよ」と「認知症」のせいにしていたのですから、男性が聞き流されていると感じても不思議ではありません。

自分の限界を「認知症」で片づけない

医療や介護の専門家が、特に高齢者を相手にしていて、手に負えないと感じる場合や、聞き分けがないと感じる言動に触れると、そのエピソードだけをもって、「ちょっと認知症があるでしょうね」とジャッジするという文化が、いまの日本にはあるように感じます。皆さんはいかがですか?

「主たる介護者(夫)の言うことを聞かない」「説明したことを何度も確認してくることがある」というエピソードを聞いた医師が、認知症日常生活自立度で「Ⅲ」という判断をしていたケースがありました。詳細をケアチームに確認すると、「デイサービスで介護をする上で言うことを聞かないということはなく、スムーズに介護できます」「確認を繰り返すことは、新しい予定などであって、ご飯を食べたかどうかという確認などはありません」という情報が得られました。

「認知症」に伴う日常生活上の困難さが、明らかに認められないので、「Ⅲ」という判断は、やはり妥当とはいえないケースでした。

「認知症」で片づける前にやるべきこと

「主たる介護者(夫)の言うことを聞かない」ということであれば、夫の関わり方を一緒に振り返る必要があるでしょう。
いつ、どのような事柄で、言うことを聞かないということが起きるのか?その時、夫は本人とどのようなやりとり(会話や態度)をしているのか?
夫の言うことを聞く時は、どんな時なのか?その時、夫は本人とどのようなやりとり(会話や態度)をしているのか?
夫以外の人の言うことも聞かないのか?
言うことを聞かないというが、そもそも本人の主訴は何なのか?

など

また、「説明したことを何度も確認してくることがある」ということであれば、その時の様子を振り返る必要があるでしょう。
何度も確認してきた内容は、具体的にはどんなことだったか?
初めに説明した時には、どこで、どのような状況で、説明したのか?
その時の話すスピードは早すぎではなかったか?
その時の一文は長くなかったか?
その時の言葉(単語)は、本人にとってわかりやすかったか?

など

さいごに

大雑把に見ても、これだけ省みるべきことがあげられます。だからこそ、介護者が自らの関わりを省みることなく、「認知症」でひとくくりにして捉えるのは、とても安直な選択だと言わざるを得ません。そして、そのように捉えてみたところで、明るい見通しがたつわけでもありません。
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そもそも、友人でも、恋人でも、親子でも、同僚でも、相手が他人である限り、やりとりが思い通りに進められないということは、誰との間でも起きうることです。「認知症」に原因を求めるのは簡単ですが、それだけでは違いの作りようがありませんから、なんとなく「認知症ということで片づけているな」と気づいたら、周囲の関わりを振り返るようにしていきましょう。

この記事を書いた人

裵 鎬洙

アプロクリエイト代表
認知症介護コーチ&講師
コミュニケーショントレーニングネットワーク講師
介護支援専門員実務研修講師
介護支援専門員専門研修講師
介護職員初任者研修講師

【略歴】
 関西学院大学卒業後、訪問入浴介護サービスを手がける民間会社に入社。その
後、居宅介護支援事業所、地域包括支援センターなどで相談業務に従事。コミュ
ニケーショントレーニングネットワーク(CTN)にてコーチング/コミュニケー
ションのトレーニングに参加し、専門職のあり方が利用者にどれほど影響するか
を実感。
 現場での臨機応変な対応につながるコミュニケーションセンスやケアの観点を
一人でも多くの人に届けるべく、研修・セッション・執筆等を行っている。介護
福祉士・介護支援専門員・主任介護支援専門員。

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