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連載旅小説「私はニューヨークなんか、興味がなかった」第4話/幸せにならなきゃ

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私はニューヨークなんか、興味がなかった。

なのに、私は少しずつ、ニューヨークに興味を惹かれている。自分の心がむきだしになってしまう街。忘れたい過去は引き出しの奥に仕舞いこんで、なりたい自分になれる街に。

私の名前は、白雪ひとみ(しらゆきひとみ)。通称「ヒメ」。

ニューヨークでやってみたかったこと

温泉旅行が趣味の私だけど、「ニューヨークへ行ったら、やってみたいこと」がひとつだけあった。

夜中に偶然見た古い映画、ワーキング・ガール。恋人に仕事に違和感を感じている主人公が、マンハッタンへの通勤にフェリーを使っていた。

野心を抱く彼女のように、オープニングに流れる曲は力強くて印象的だった。このフェリーに、乗ってみたかった。明日への希望が抱けるかもしれない。

カモメが気持ちよさそうに風にのり、夏空を舞っている。フェリーで潮風に吹かれながら、昨日の鈴子との会話を思い出していた。私がニューヨークに来るきっかけになった鈴子の言葉、『時間があるなら、すぐ来て』とは、いったい何なのか。

「私たち学生時代からの親友で、ヒメのことはよく知っているつもり。でも、“あのこと” があってから、ヒメは変わってしまった。表面は元気そうにしているけど、心の奥に鍵をかけてしまっているのを感じるの。恋人も半年以上付き合いが続かないみたいだし、仕事に熱中しているわけでもないみたい。今回仕事を辞めたと聞いて、ニューヨークの風にあたってみたらどうかなと思ったの」

鈴子のいうとおり、恋愛にも仕事にも夢中になれず、東京では毎日がただ過ぎて行くだけのような気がした。生活のために仕事に行き、自分とは関係なく季節が巡っていく。日々、同じことの繰り返し。あの日から、時が止まってしまったのだ。

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幸せにならなきゃ

「この前、知人のロングアイランドの別荘に呼ばれたの。ミッドタウンのウチのアパートから車で2時間くらいかしら。

ホームパーティ中に外の風にあたりたくなって出たら、お隣の家の女性が、玄関ポーチに腰を下ろして、ぼんやりと煙草を吸っているのを見かけたの。彼女の目は悲しそうで、人生を諦めているようだった。気になって、後で知人に聞いてみたの。そうしたら、彼女は9/11のテロで同居していた婚約者を失って鬱病になり、お姉さんの住むロングアイランドの家へ移り住んできたのですって。それ以来、ずっと世捨て人のような様子らしいの。

私、ヒメにそんな人生を送って欲しくない。幸せにならなきゃ」

無料の通勤・通学フェリーは、観光客にも人気だ。騒いでいるグループもいれば、ひとりで海面を眺めて思いに耽っている人もいる。オレンジ色のフェリーは、波しぶきをあげて進んで行く。

鈴子は、あえて私たちが避けてきた話題に斬り込もうとしている。私が人生の傍観者になってしまったきっかけである、心の奥深くしまい込んでいること。忘れたいのに忘れられなくて、心が囚われていることに。

蝉時雨

ウォール街の摩天楼は、フェリーの後方になった。

「ヒメのことは、他人ごとじゃないのよ。兄さんがあの事故に遭わなければ、私たち義理の姉妹になるはずだった」

思い出したくない、あの時のこと。

17歳の時に鈴子の兄に出会って、自然にお互い惹かれあった。
彼には何も隠すことなく、臆すことなく、自分自身をさらけ出せた。彼から音楽、歴史、文学を教わった。吸い寄せられるように、いつも一緒にいた。彼の瞳の中には、いつも私がいた。

お互いの家族も認め合う仲になり、2歳年上の彼が大学を卒業したら、結婚しようと約束していた。未来は私たちのために、無限に扉を開いているかのようだった。

幸せと実感する暇もないほど、幸せだった。

蝉時雨が降る残夏のある日、携帯電話が鳴った。電話の鈴子の声は、蝉時雨にかき消されて、何を言っているのかよく聞こえない。もう一度、聞き返した。

「兄さんが交通事故に遭って、もうダメかもしれない」

そんなわけはない。彼と別れてから2時間ほどしか経っていない。つないだ手の感触さえ残っている。

「意識が戻らないの。病院へ来て。ヒメ、聞こえているの?」

病院までタクシーを飛ばすと、彼の顔には白い布が掛けられていた。彼であるわけもない。
鈴子が私を見て首を振った。両親は何が起こったのか信じられないような面持ちで、泣いていた。

記憶があるのはそこまでで、私はその場で気を失った。

黒で塗り潰された未来写真

いきなり愛する人を奪われて、途方に暮れた。描いていた青写真は、すべて黒で塗り潰された。あまりにも突然すぎて、信じられなかった。

ひとりで逝ってしまうなんて。私をひとり残して。
歩きながら、電車に揺られながら、頰はいつも涙で濡れていた。

フェリーは自由の女神付近で、少しだけスピードを落としたようだ。観光客が写真を撮ろうと、デッキで鈴なりになっている。世界から集まる移民を希望の灯で照らした自由の女神が、立っていた。意外に近くで見える。

私にとって希望とはなんだろう。ニューヨークで出逢った人たちは、皆心のままに生きているように見えた。私は逝ってしまった彼の手を離さずに、生きてきたのではないか。

Give me your tired,
your poor,
Your huddled masses yearning to breathe free,
The wretched refuse of your teeming shore.
Send these,
the homeless,
tempest-tossed to me,
I lift my lamp beside the golden door!”

Emma Lazarus, 1883

疲れ果て、
貧しさにあえぎ、
自由の息吹を求める群衆を、
私に与えたまえ。

人生の高波に揉まれ、拒まれ続ける哀れな人々を。

戻る祖国なく、
動乱に弄ばれた人々を、
私のもとに送りたまえ。

私は希望の灯を掲げて照らそう、
自由の国はここなのだと。

エマ・ラザラス(意訳 青山沙羅)

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白い翼

過去に思いを馳せていると、フェリーはスタテン・アイランドに着いたようだ。何の知識もなくこの島に来たけれど、降りて歩いてみよう。海沿いの遊歩道を歩いていると、翼を広げたようなオブジェを見かけた。これは、何?

私がジッと見ていると、居合わせた日本人の男性が説明をしてくれた。

9/11WTCテロで、犠牲者となったスタテン・アイランド住民275人を追悼する、内側に犠牲者の横顔と名前を刻んだモニュメント(慰霊碑)。犠牲者の横顔は生前の写真から起こしたものであり、一人一人の遺族から確認、承諾を取っているとのこと。犠牲者へ気持ちを「送りたい、受け取りたい」思いのポストカード(はがき)を型どった、日本人建築家 曽野正之氏のデザインだそうだ。

モニュメントの中央空間からは、事故現場であるロウアーマンハッタンのWTCが望める。

モニュメントは、現場に向かって手を合わせる祈りの瞬間に見えた。また、悲しみや苦しみから離れて、空へ羽ばたこうとする翼にも見えた。

犠牲者は家族に別れを告げることも出来なかった。お互いにもう一度だけでも、温もりを感じ、愛していると伝えたかっただろう。9/11で犠牲になった父親宛てに5歳の息子が書いたハガキには、「元気? 今どこにいるの? こんなに逢いたいのに」と書かれていたそうだ。なんとシンプルで、率直に思いを表したものだろう。

どうして私を置いて行ってしまったの? 私と同じことを、犠牲者の家族は何度胸の奥で叫んだだろうか。私には彼らの気持ちがよく分かった。いきなり愛する人を奪われた悲しみとやり場のない憤りが。涙が堰を切ったように溢れた。ここでは泣いてもいい。感情を抑えなくてもいい。

「今どこにいるの? こんなに逢いたいのに」

ここで思い切り泣いて、過去の呪縛から逃れよう。彼の手を離して、私も歩き出そう。誰も立ち止まってはいられないのだから。

モニュメントに止まっていたかもめが、大きく翼を広げて、青空へ羽ばたいて行った。

連載小説「私はニューヨークなんか、興味がなかった」第5話は、8月31日水曜日にお届けいたします。お楽しみに!

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[All photos by Hideyuki Tatebayashi]
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(注)この物語は、フィクションです。

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