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【誰もが安心して食事を楽しめる社会を!】NPOが本気で挑む「フードピクト」の可能性

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車いすマークや非常口マークなど、視覚的にその場所や内容を伝達する絵文字「ピクトグラム」。日本においては1964年の東京オリンピック時に、訪日外国人のために開発されたのが始まりと言われるが、今や街中にさまざまなピクトグラムがあふれている。

そして最近、飲食店や総菜店などにおいて、どんな食材が入っているか表示する「フードピクト」を目にする機会が増えてきた。アレルギーを持つ人や、宗教上の戒律、ベジタリアンなどの理由で食べられないものがある人も、ひと目で「これは食べていいものかどうか」がわかる。

この「フードピクト」を展開しているのは、NPO法人インターナショクナル。今から10年前、まだ大学生だった菊池信孝さんが発案したものだ。自らNPOを立ち上げ、フードピクトの普及拡大に奔走し続けている。彼を駆り立てたものは、何だったのだろうか?詳しく伺った。

NPO法人インターナショクナル

代表理事 菊池信孝さん

「日本食が食べたかったのに…」イスラム教徒の留学生の言葉が胸に刺さる

きっかけは2005年、大阪外国語大学1年生の時に経験したJICAのボランティアだった。

菊池さんは、世界から来日するJICAの研修生に、日本に馴染んでもらうために電車の乗り降りや飲食店の入り方、買い物の仕方などを案内する「ワンデイボランティア」に、大学入学後すぐに参加。6月頃、サウジアラビア人を担当することになった。

宗教上の理由で豚肉、アルコール類が摂取できないことは事前に知っていたので、寿司やそばなど、素材がシンプルな日本料理の店を数店、前もって想定していた。

しかし、相手は非常に厳格なイスラム教徒だった。どの店に連れて行っても、「本当に大丈夫なのか」と不安がり、厨房までチェックしたがったという。

当時は、ハラル(イスラム教において合法なもの)はもちろんアレルギー食材に対する認知もほとんどなく、店員に使用食材を聞いても即答できないケースが多かった。どの店に案内しても「不安で食べられない」と拒まれ続け、結局、彼が安心して口にしたものは、ファストフード店のフィッシュバーガーだった。

「彼は決して日本食が嫌だったわけではなく、とても興味を持ち、食べるのを楽しみにしていたにもかかわらず、それが叶いませんでした。『日本食が食べたかった』という悲しげな表情が胸に刺さり、心から残念に思いました」

この出来事は、菊池さんの心に深く刻まれ、視点を大きく変えるきっかけになった。留学生が多い大学だったため、外国人と交流する機会があるたびに「普段どこで何を食べているのか」「どこで食材を購入しているのか」など、食に関するヒアリングを重ねたという。その結果、留学生がいかに苦労を強いられているか見えてきた。

「まずは学食。今は対応されていますが、当時は外語大学にもかかわらず食材表示もなければベジタリアンメニューも、ハラルメニューもありませんでした。周辺の食堂やレストランも同様なので安心して食事を取ることができず、昼休みに学生寮に戻って自炊をしているというんです。また、せっかく日本人の友達ができても、外食ができないのでなかなか交流が進まないという声も聞かれました。どこかに遊びに行くとしても、どうしても食事が絡みますからね。そして、宗教や信条ごとに、食材のタブーも全く違うこともわかりました。例えば、ヒンドゥー教徒は肉類、特に牛肉は禁忌。ユダヤ教では豚や甲殻類、イカやタコのほか、肉類と乳や乳製品を食べ合わせることも禁じられています。すなわち鳥や牛は食べられますが、例えばチーズバーガーやチキンクリームシチューなどはNGということ。これだけさまざまな食のタブーがあり、こんなにも複雑なのかと、改めて驚かされました」

「食材の多言語表示」の限界に気づき、「フードピクト」を発案

「まずは大学内で何かできないか」との思いに突き動かされた菊池さん。周りの仲間に呼び掛け、翌年7月に行われた学園祭に出店する模擬店約80店に、使用食材を多言語で説明するポスターを掲示するという活動を行った。使用している肉の種類、アルコール含有の有無を説明するという簡単なものだったが、日本の学生、留学生、一般来場者からも「このような取り組みは大切だ」と好意的な意見が集まったという。インターナショクナルという組織を作り、本格的に課題解決に動こうと決めたのもこの頃だ。

そんなとき、大学の教授に「この取り組みをソーシャルビジネスコンペに出してみてはどうか」と勧められ、2006年、大学2年生の秋に応募。書類審査、プレゼンテーション審査、準決勝…と、とんとん拍子に進んだ。

ただ、決勝を前に、一つの問題が生じた。模擬店で表示した言語が日本語、英語、中国語、韓国語の4カ国語だったため、一部の留学生から「日本語も英語もわからないから利用できなかった」との声が挙がったのだ。しかし、単に表示言語を増やしていく方法では限界がある。

「仲間たちと話し合い、さまざまな意見を出し合う中で、『使用食材をイラストにすればいいのではないか』という結論に至りました。そして、準決勝で敗退した別の出場者の中にデザイナーの方がいたので相談すると、『面白そうだから手伝うよ』と言って下さったんです」

準決勝から決勝に至る間には、数カ月の期間があった。その間にフードピクトを開発し、秋の文化祭において模擬店30店で実験表示を実施し、好感触を得た。噂を聞きつけた学外のイスラム教徒が訪れ、「日本人がこういう行動を起こしてくれたことが嬉しい」と喜んでくれた。

また、大学近くのコンビニに働き掛け、おにぎり、パン、サンドイッチの棚を借りてフードピクトを付けるという実験も行ったところ、新規来店客が増え、売り上げが150%に増えた。これらの反響や実績が、菊池さんを勇気づけたという。

「そして、決勝の場で自信を持ってフードピクトを披露、優秀賞をいただくことができました。それよりも嬉しかったのは、決勝に進んだ5組のプレゼンのうち、観客がもっとも共感したプレゼン内容に与えられる“共感賞”をいただけたこと。フードピクトは世の中に必要とされているという確信が得られ、本格的に活動を始めようと決意しました」

それからは、学外のさまざまなイベントに模擬店を出店し、ハラルの唐揚げを提供したり、ベジタリアンメニューを提供するなどの活動を行ったり、外国人客が多い飲食店に働き掛けてフードピクト入りメニューの制作を請け負うなど、地道な活動を続けた。こうして少しずつ、フードピクトの認知を広げていった。

独自の1500人調査で、世界中の人がひと目でわかるピクトにリニューアル

大学卒業後は、知り合いの広告代理店に入社。当初はそのままインターナショクナルの活動を行う予定だったが、「生活費を稼げるまでうちに来ては?」と役員に声をかけてもらい、入社を決めたという。

それからは、企画営業として働きながら、夜間にインターナショクナルの活動を行うという「二足のわらじ」生活。しかし、仕事は面白くも多忙であり、かたやインバウンド需要が増え始めたことでフードピクトに関するニーズも高まり、睡眠時間が確保できない日が続いたという。そんな状況を見ていた役員からも了承をもらい、2010年春に勤続1年で退職。その後はインターナショクナルの活動一本で、走り続けている。

なお、その1年の会社員期間に、フードピクトの全面リニューアルも行っている。それまで使用していたフードピクトは、デザイナーの裁量に任せて作ったので、「本当に世界の人に通じるピクトなのか」という問い合わせに対応できずにいたという。

そこで、ピクトグラムの専門デザイナーに依頼して、国際的に通用すると思われるフードピクトを製作。そのデザインをもとに、1500人に理解度調査を行った。

「日本人750人、外国人750人にアンケート調査を実施しました。調査機関などは使わず、留学生が多い大学に協力いただいたり、海外で働いている大学時代の友人たちに『オフィスで聞いてみてほしい』とお願いしたりと、人脈をたどって行いました。すると、私たちはすぐに理解できるピクトであっても、国によって理解度が違うことがわかったんです」

例えば「牛乳」の場合、「アルプスの少女ハイジ」や「フランダースの犬」に出てくるような集乳タンクで表していたが、酪農文化がない国では伝わらず、理解度は77%にとどまった。そこで紙パックにして再度調査をかけたが、日本以外では牛乳を塩ビボトルで販売している国も多く、理解度は85%。最終的には、もっとも伝統的な形である「牛乳瓶」に牛の絵を入れたところ、98%にまで上がったという。このような地道な作業を繰り返し、ISO基準と同等のフードピクトを作り上げた。

▲左が旧フードピクト(© INTERNASHOKUNAL)、右が現在のフードピクト(© INTERNASHOKUNAL & NDC Graphics)。リニューアル後はより食材が一目でわかるようになっている

リニューアルしたフードピクトは、2010年秋に横浜で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力)会議で採用されたのを皮切りに、日本で開催される国際会議に順次採用され、着実に実績を積み上げていった。なお、昨年開催されたミラノ万博の日本政府ブースや、今年6月の伊勢志摩サミット会場のビュッフェにおいても採用されている。

また、成田空港、関西国際空港といった外国人観光客の入り口となる空港でも全面採用されているほか、ホテルやショッピングモール、高速道路のSA、PAなどでも採用が進んでいる。

このほど学校の教科書でも取り上げられた。英語や家庭科の教科書に「本当に役立つユニバーサル・デザイン」の一例として紹介されている。

最近、新たな可能性が広がり始めた。フードピクトのノウハウを活用した、「災害時避難所コミュニケーション支援カード」を開発、一部の避難所で導入が進んでいる。

「阪神大震災、東日本大震災、そして4月の熊本大震災でも、避難所において外国人の被災者とうまくコミュニケーションが取れず、課題になっていました。彼らは日本語がわからないだけでなく、食事などに制限があるため、訪日外国人が急増している今、これらの対応は喫緊の課題になっています。外国人だけでなく、コミュニケーションに障害のある人などに対して、誰でもわかるピクトグラムでやりとりできれば、文化や言葉、障害の壁を越えられると考えたんです。これから全国の自治体に働き掛け、自治体ごとのOEM供給や、カードを用いた訓練や研修も積極的に行っていきたいと考えています」

▲災害時避難所コミュニケーション支援カード。避難所でのコミュニケーションの円滑化が期待される

2020年までに5万店導入が目標。誰もが不自由なく食事できる環境を

現在、フードピクトは全国約1300店舗で導入されている。この数を、菊池さんは「2020年の東京オリンピックまでに5万店舗に増やしたい」と考えている。

「現在、日本にあるコンビニエンスストアの数は約5万店。コンビニと同じぐらいフードピクトを表示している店があれば、誰もが不自由なく食事が楽しめる環境ができると考えているからです。そのため、シール会社と組んでフードピクトのシールを作り、個人店に営業していただいたり、ラベル会社と協業してフードピクト表示がある原材料ラベルのシステムを作り、それをメーカー相手に拡販いただいています。インターナショクナル自体を大きくするのではなく、今後もさまざまな分野の企業とうまく連携を取りながら、普及に努めたいと考えています」

初めは「目の前の人が困っているから」という理由で、仲間とサークル活動の一環のように始めた活動。フードピクトのニーズが高まり、教科書にも載るようになった今、フードピクトの可能性の大きさを日々感じているという。

「海外では、イスラム教徒やユダヤ教徒、ベジタリアン向けの店が豊富にありますが、それらは全て別々に分かれています。しかし、このフードピクトがあれば、異なる文化、宗教、信条の人たちが同じ店で、一つのテーブルを囲んで食事ができます。一度でも一緒に食事をすれば、仲良くなれる。そして、その人の国のことに興味を持ち、紛争や災害などの問題にも敏感になれます。僕の名前は誰にも知られなくたっていいので、フードピクトがもっともっと広がり、みんなが食で笑顔になれる世界を作りたい。フードピクトが、『世界にはいろいろな価値観がある』と理解するきっかけになれれば、こんなに嬉しいことはありません」


EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:掛川雅也

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