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笑福亭鶴光 「10割狙うたらあかん。3割は滑ってもええ」

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 上方落語家・笑福亭鶴光の強みは68歳を迎えてもなおトライアル&エラーを怖れないことだ。鶴光は、若い頃、先輩にこう言われたという。

「10日間のうち7日間は、今日の客はどんなネタをやったらええかっつうのを当てないかん。でも3割は滑ってもええ。10割狙うたら、得意なネタだけをやることになる。これはあかん」

 この言葉を肝に銘じたのだ。

「失敗すれば、なんで滑ったかを自分で考えるでしょ。そしたら、また進歩しまんねん。失敗を怖がって、得意なネタだけしてもしゃあない。逆に、マクラを語りながら、お客さんの顔を見て、今日はこのネタやな、と挑んで当たった日はやっぱり嬉しい。英雄になるか、晒し者になるかというお客さんとの真剣勝負が楽しいんです。

 寄席には、笑福亭鶴光を好きな人も、嫌いな人も、知らん人も来る。これを全部自分の力でグッとこちらへ引き込んで、ポーンと笑わすのは難しい。でも、それがでけんとプロやないでしょう。やっている最中、せっかく乗ってきたのに堂々と席を立たれてがっくりすることもある(笑い)。池袋、新宿、浅草の寄席ではそれぞれお客さんの雰囲気も違う。ファンが来てくれる独演会もいいけど、一番鍛えられるのは寄席ですよ」

 この覚悟もまた、落語家鶴光を永らえさせてきた要因なのだろう。

 鶴光のひとつのスタイルは、講釈を落語にするというものだ。たとえば、新宿末廣亭の6月興行では、大阪の講釈師・旭堂南鱗の「仇の道連れ」を自分でアレンジした落語を初披露した。

「講釈師のテープを聞いて自分で書き起こし、書いたものを10日ぐらいで覚えました。松鶴師匠の教えで、全体をおおまかに覚えたあと、細かいところを押さえていく。きっちり一言一句覚えていくと、高座で詰まった時に慌てて大変だから。でも、新しいネタをどんどん作っていけるわけで、頭はまだまだ大丈夫です(笑い)」

 上方落語に真打制度はないが、鶴光は1990年に入会した東京の落語芸術協会から、「真打上方」という唯一無二の階級が与えられ、主任(トリ)も務める。追い求めるのは、東京人や非関西人が決して会得できない上方落語の真髄だ。鶴光はその話術の利を生かして、ひとり東京で戦ってきた。「戦争も兵隊が多いほうが勝ちやし、せっかく上方枠を作ってくれたんやから」と弟子も7名に増やし、上方落語を伝承し、広めようとしている。

 現在、鶴光が抱えるネタは100本ほどだが、年齢やスタイルに合わなくなって手放すネタ、新たに加えるネタもあって、なおも変化を続けている。68歳の笑福亭鶴光はいま、身心ともに最も充実した時期を迎えている。

「落語家で一番ええのは、60から70歳。まだやったことのない怪談噺にも挑戦したいし、人情噺は『ラーメン屋』一本しかないので増やしたい。まだまだやるべきことはたくさん残っている。落語家にはあがりがないんですよ」

◆しょうふくてい・つるこ/1948年、大阪府生まれ。上方落語協会会員、落語芸術協会「真打上方」。1967年に六代目笑福亭松鶴に入門。1974年から11年9か月続いた深夜放送『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』で絶大な人気を誇り、その後はニッポン放送『鶴光の噂のゴールデンアワー』のパーソナリティを16年間務めた。東京を拠点に上方落語の発展に尽くし、テレビ・ラジオなどでも幅広く活躍。

撮影/初沢亜利 取材・文/一志治夫

※週刊ポスト2016年9月2日号

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