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五社英雄は役者を追い詰めステップアップさせた名監督

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』では、ふだん、ひとりの役者へのインタビューを通して得られた言葉をお届けしている。今回は特別編として、迫力ある時代劇で知られる映画監督・五社英雄について、名優たちが語った五社作品出演時の思い出を語った言葉をお届けする。

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 8月19日、拙著『鬼才 五社英雄の生涯』が文春新書より発売になる。これは、五社英雄監督の数奇な人生を数々の撮影現場でのエピソードと共に追った評伝で、筆者のこれまでの集大成ともいえる一冊だ。
 
 そこで今回は、本連載にこれまで御登場いただいた名優たちの語った五社作品出演時のエピソードを改めて紹介していく。
 
 平幹二朗は、五社が演出した1963年のテレビシリーズ『三匹の侍』(フジテレビ)で主人公グループの一人を演じたのを契機に一躍スターとなり、六七年には同じくテレビシリーズ『眠狂四郎』に主演している。

「『三匹』の時は一夜にして有名人になったという感じでした。第一回が放送された翌日から急に世間の人が僕のことを見るようになりました。
 
 ただ、僕は立ち回りが嫌いなんです。覚えられないし、下手でして。当時はまだ一軒屋に住んでなかったので夜中に道端で稽古して周囲を驚かせたりしていましたが、それでも上手くなりませんでした。『眠狂四郎』のような美的感覚をもった剣客は演じていて凄く気持ちいいのですが。苦悩を背負った時代劇は好きなのですが、『斬りまくって快感、万歳』というような時代劇は好きになれません」
 
 夏八木勲も若手時代の1966年に東映京都撮影所で製作された主演映画『牙狼之介』二部作で、五社と出会う。そして本作以降、夏八木五社による大作のほとんどに起用され、役者としての知名度を上げていく。

「僕は千住の生まれで五社さんは浅草。同じベランメエ喋りで当初から親しみを覚えました。互いの距離感が近いんです。
 
 まだ脚本のできていない段階から、五社さんには『牙狼之介』というのを一緒にやろうとお話をいただきました。ただそのためには立ち回りができないとだめですからね。歩き方、刀の持ち方、着物の着方、全て身につけなくちゃしょうがない。
 
 そこで五社さんにお願いして、河田町にあったフジテレビの屋上で空いた時間に稽古をつけてもらうことになったんです。五社さんは他の作品を下で撮られていたので、絡みの人たちに空いた時間に来ていただいて、付き合っていただきました。
 
 五社さんは殺陣で鉄身を使います。刃引きはしてありますが重量は真剣と同じで。それを差してフジテレビの屋上を行ったり来たりしたり、殺陣師の人に教わって素振りをしたり。『腰を出して』とか丁寧に全て指導をしてくれたお陰で、あとになって時代劇をやる時も腰が嫌でも落ちるようになりました」

「それから五社さんは『刀は本当に当てろ。当てないと嘘になるからな』と指示してくる。でも東映京都には、お腹すれすれで斬ったように見せる流儀がありました。当てるにしても、腹帯を巻いているところに当ててケガしないようにするんです。でもそういう流儀を無視してやったものですから、絡みの人には怪我をさせてしまいました」

 迫力あるアクションの演出のため役者を追い詰め、それにより役者をステップアップさせる──。これぞ、名監督である。

※週刊ポスト2016年8月19・26日号

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